第47話 幽霊になる

文字数 1,911文字

「み~お、だ~ず~げ~で~く~ん~ね~え」

 澪がふと、窓の方を見た時だった。

昨夜の雨のシミが一瞬、人影のように見えたと思った次の瞬間、

薄気味悪い声が耳に飛び込んで来た。

あとの3人は気づいていないみたいだ。

澪は、震えるひざをどうにかして抑えようとした。

「どうかしたかい? 」

 亀次郎が、澪の顔をのぞき込んだ。

「あそこ。窓の外、何か見えませんか? 」

 澪が小声で言った。

「窓がどうかしたのかい? あっしには何も見えないがね」

 忠治が後ろをふり返ると言った。

「み~お! 」

 いつのまにか、全身ずぶぬれの幽霊が、澪の隣にいた。

「きゃあああ~! 」

 澪は驚きのあまりさけび声を上げた。

「なんだよ、おい? 」

 寅吉が驚いた拍子に、とら猫に変幻してしまった。

忠治と亀次郎も困惑した表情をしている。

澪は気を取り直して、もう一度、横を向いた。

「何かの間違えだと言って‥‥ 」

 澪がつぶやいた。何度、確認しても、幽霊が横にいる。

しかも、なぜ、全身ずぶぬれ?? 

まるで、水の底から揚がって来たみたいだ。

「どうやら、あっしの姿は、他の3人には見えてねぇみてぇだ。

澪、おまえさんだけが頼りだぜえ」

 幽霊がなぜか、澪にすがった。

「誰? なぜ、わたいの名を? 」

 澪は思わず身震いした。

「そこに、誰かいるのかい? 」

 忠治が目を見開くと言った。

「こんな姿になっちまったが、あっしだよお。

お願いだ。忠治に、あっしがここにいると伝えてくんねえ」

 幽霊が、澪に乞うた。

「ひょっとして、鷺の親分ですか? 

白い着物を着て、三角布を額につけた姿をしているということは幽霊? 」

 澪がおののいた。

「なんだって? 鷺の親分が幽霊になったってのかい? 」

 忠治がさけんだ。

「どういうことなのか説明しておくんなさいまし。

なぜ、全身ずぶぬれなんですか? 」

 澪が、幽霊になった鷺の親分に訊ねた。

「見たこともねぇごろつき共に追いかけられた挙句、捕まっちまって、

極楽泉にドボンと投げ捨てられたわけさ。

気づいたら、こんな姿になっちまっていた。

なぜ、あっしは、詐欺の片棒を担がされただけでなく、

命まで取られなきゃいけねぇわけさ? 

たしかに、あっしが今まで、やってきたことはほめられたものじゃねぇけど、

命まで取られる筋合いはねえ」

 幽霊になった鷺の親分が嘆いた。

「極楽泉って、宗慶寺にある泉のことかい? 

どうしてまた、極楽に縁がなさそうな親分が、極楽泉に? 」

 竜が言った。

「見たこともねぇごろつき共ってのはまことかい? 

本当に、命をねらわれるような真似はしていねぇんだな? 」

 忠治が身を乗り出すと訊ねた。

「あたりきよ」

 幽霊になった鷺の親分が即答した。

「おい、なんかおかしくねぇかい? 

なぜ、姿が見えぬのに、声だけは聞こえるんだい? 」

 亀次郎が言った。

「そう言えば、そうですねえ」

 澪が同調した。

「完全に、死んでいねぇからだ」

 聞き覚えのある声が、部屋の外から聞こえた。

「主さん」

 澪が襖を開けた。

「鷺の親分。おまえさんはどうやら、

先太郎の身代わりに冥土へ送られようとしているようだ」

 夢幻が部屋に入ってくるなり言った。

「冥土?! 身代わりってなんだよ、おい!? 」

 幽霊になった鷺の親分が飛び上がって驚いた。

「おさとのおやじさんが娘のことを案じるあまり、

婿の代わりをおまえさんにさせようと考えたわけさ」

 夢幻が世にも奇妙な計画を語り出した。

 世にも奇妙な計画とは、なんだかの方法により、

冥府にある書類を改ざんして、先太郎の死を帳消しにするため、

同姓同名の替え玉の命を奪って、先太郎を生き返らせるというものだ。

いくらなんでも、素人には考えつかないし、考えても出来るわけがない。

この一件には、その筋に詳しい人間が、一枚からんでいるはずだ。

「そんなことが出来るのですかい? 」

 忠治が身を乗り出すと訊ねた。

「禁断の術であるから、門外不出、他言無用とされている。

故に、この方法を知る者はごくわずか。

その上、用いることが出来るのは、わしぐらいしかおらぬ」

 夢幻が神妙な面持ちで告げた。

「まさか、主さんが? 」

 澪が、夢幻を見た。夢幻は無表情のまま、顔色ひとつ変える様子はない。

「そんなわけないだろ」

 忠治が一蹴した。

「主さんの他に、知っている者はいるのですかい? 」

 竜が、夢幻に訊ねた。

「いる。なれど、たとえ、知っていようが用いることは出来ぬ」

 夢幻がきっぱりと言った。

「文書の改ざんならば、ここにいるでしょう。得意な野郎が‥‥  」

 忠治が、澪の方を見ながら言った。もちろん、澪ではない。

以外には見えないが、鷺の親分のことを言っているのだ。

みんな、承知しているため、すぐに納得した。







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