第8話 屋敷の主

文字数 1,454文字

 宴の席に酒を運んだ後、玄関の方を気にしていると、門をたたく音が聞こえた。

「誰か来たようだね」

 近くにいたおゆみが、応対に出ようと中腰を上げた。

「おゆみさんは、ここにいておくんなさいまし。わたいが出ます」

 澪は、おゆみを引き留めると玄関へ向かった。

「どなたですか? 」

 澪は、門を半分だけ開けると顔だけ出した。

門前には、仮装した男が3人立っていた。

「宴を盛り上げるため雇われました旅の一座の者です」

 寅吉が告げた。

「どうぞ」

 澪は、門を開けると3人を招き入れた。

「それにしても、見事に、仮装しましたね。どこからどう見ても、芸人ですよ」

 澪は、3人をしげしげと眺めると言った。

「ずいぶんと、静かだが、まことに、宴が開かれているのかい? 」

 忠治が、澪に訊ねた。

「招待客は皆、初対面のようで、あまり、話が弾んでいないようですよ。

静かなのは、そのせいでしょうよ」

 澪が苦笑いすると答えた。

「主っていうのは、どんな野郎なんだ? 」

 亀次郎が言った。

「さあ。わたいもまだ、お会いしていないんで。

そういえば、まだ、主は姿を見せていませんね。どうしたのかしら? 」

 澪が言った。

 宴が開かれている広間に入ると、おゆみが駆け寄って来た。

「そちらさんは? 」

 おゆみが、澪に訊ねた。

「宴を盛り上げるためにいらした旅芸人です」

 澪が答えた。

「寅です」

「忠です」

「亀です」

 3人が順々に、名を名乗った。

「芸人? そんな人、雇っているとは聞いていませんが? 」

 おゆみが怪訝な表情で言った。

「とにかく、こんなお葬式みたいな雰囲気なのですから、

パッと盛り上げて頂きましょうよ」

 澪がごまかして言った。

 3人はそれぞれ、どこで覚えて来たのか芸を披露した。


招待客たちは最初のうちは、ただ、眺めているだけだったが、

次第に、笑いや拍手が聞こえるようになった。

「だいぶ、盛り上がっていますね」

 澪が、3人を眺めると言った。

「そろそろ、主のおでましみたいね」

 おゆみが言った。

「入らせてもらいますよ」

 どこかで、聞き覚えのある声が聞こえた。おゆみが襖を開けると、

主らしき人物が、中へ入って来る気配がした。

「口入屋が何故? 」

 澪は思わず、目を疑った。上等な着物に着替えて、

髪もきれいに結いなおしてはいるが、口入屋の女主人と同一人物に間違いなかった。

「あの人が、この屋敷の主なんですか? 」

 澪は思わず、おゆみに詰め寄った。すると、おゆみが首を大きく横に振った。

「おなごが元締めだとは聞いていませんぜ」

 招待客のひとりが赤ら顔で言った。

「誤解されては困りますよ。あたしは、主の女房ですよ。

お客さんがお見えと聞いて、あいさつに顔を出しました」

 主の女房が告げた。

「さようか。そんならば、ひとつ、酌でもしてもらおうかね」

 さっき、声を上げた招待客が手招きすると言った。

その招待客のお膳の周りには、お銚子が4本転がっていた。

「だいぶ、吞まれているようですね。

あまり、酔いがまわっていると、商いに差しさわるのではござんせんか? 」

 主の女房が言った。

「余計なお世話だ。主はまだか? いつまで、待たせるんでえ? 」

 その招待客が声を荒げた。

「おゆみ。そちらさまに、白湯をお持ちしておくれ」

 主の女房が、おゆみに向かって指図した。

主の女房が、白魚のような白い手を上げた瞬間、

澪は、ちらりと見えた蛇の入れ墨を見逃さなかった。

(主の女房が、腕に蛇の入れ墨を入れているとは、どういうことなのだろう? 

まさか、主は、堅気ではないということ? )

 澪の心臓は高鳴った。


 
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