第9話 おばけやしきを探る

文字数 1,244文字

 澪が廊下に出た時だった。

亀次郎が柱の陰から、手招きしているのが見えた。

「いつのまに、宴を抜け出したのですか? 」

 澪は周囲を慎重に伺いながら、亀次郎の元へ近づいた。

「主の女房のことだが、何か気づかなかったか? 」

 亀次郎が耳打ちした。

「あの人、わたいをここに紹介した口入屋ですよ」

 澪が小声で言った。

「それだけか? 」

 亀次郎が小声で言った。

「手を上げた時、蛇の入れ墨があるのを見ました。

お武家の女房が、腕に蛇の入れ墨を入れているなどあってはならない話ですよね」

 澪が耳打ちした。

「さよか」

 亀次郎が考え込んだ。

「あの人のことを知っているのですか? 」

 澪が小声で訊ねた。

「知り合いに似ている故、気になったんだ」

 亀次郎はそう言うと、厠へ歩いて行った。

「あの、亀次郎さん」

 澪が、亀次郎のあとを追いかけた。

「屋敷の中は探ったのか? 」

 亀次郎がふり返りざまに訊ねた。

「おゆみさんから、主以外、誰もいないはずなのに、

誰もいない部屋の方から、物音や人の気配がすると聞いて

屋敷中を捜して見たのですが誰もいませんでした」

 澪が答えた。

「さよか。わしは、厠へ行くふりをして屋敷の中を探る。おまえさんは戻れ」

 亀次郎が、澪を体よく追い払おうとした。

「わたいも一緒に行きますよ」

 澪が言った。

「おまえさんがいなくなったら、おゆみが困るだろ。それにあやしまれる」

 亀次郎が言った。

「心配でしたら、宴に舞い戻って、おゆみさんに席を外すと言って来ます。

ここで、待ってておくんなさいまし」

 澪はそう言うと、宴に舞い戻った。

「どこに行っていたの? こっちは、あなたがいない間、大変だったのだから」

 おゆみが、澪を見つけるなりとがめた。

「ごめんなさい。お客さんを厠を案内していたもので。

それにしても、このお屋敷はただ広くて、

お部屋がたくさんありますね。迷子になりそうでした」

 澪が平謝りすると言った。

「腹芸をせえ! 」

 中から、声が聞こえた。襖を開けてみると、

寅吉と忠治が、酔っぱらった招待客にからまれていた。

「そろそろ、お開きにしようかね」

 気がつくと、主の女房が背後に立っていた。

「主がまだ、お見えではないのによろしいのですか? 」

 澪が、主の女房に訊ねた。

「いいから、客を部屋へ案内しな」

 主の女房がつんとすました顔で、澪とおゆみに指図した。

「部屋へ案内するとは、お泊りになるのですか? 」

 おゆみがキョトンとした顔で言った。

「はあ? 余計なことを詮索するでないよ。

さっさと、客を部屋へ案内しな。終わったら、下がっていいから」

 主の女房はそう言い残すと、どこかへ立ち去った。

「いったい、どういうことなのでしょうか? 」

 澪が訊ねた。

「どうもこうもないでしょうが。とにかく、指図通りにしましょう」

 おゆみは重い腰を上げると、招待客たちに近づいた。

「あ、そうだ。亀次郎さんを待たせていたんだった」

 澪はハタと気づいて、亀次郎の元へ舞い戻ろうとした。

「やばいことになったな」

 いつのまにか、亀次郎が戻っていた。

 
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