第25話 松吉、たおれる 

文字数 1,076文字

「ちょい待ち。まさか、松吉に、生みの親のことを話すつもりかい? 

そいつはどうかな。そんなことをして、

あのこのためになるとは思えねえ。考え直してくんな」

 「前田屋」の主人が、奥様の背中をさすると言った。

「なか。そこにいるかい? 

松吉をここへ呼んで来ておくれな」

 「前田屋」の奥様が、意を決したように部屋の外へ言った。

 松吉を待つ間、澪は、

「前田屋」の奥様に町絵師が描いたという浮世絵を差し出した。

「これをどこで、手に入れたんだい? 」

 「前田屋」の奥様が、その浮世絵を目にした途端、澪を問い詰めた。

「亀次郎という人が、町絵師から受け取ったと聞き及んでいます。

奥様にお見せするよう言付かった次第」

 澪が事情を話した。

「亀次郎の魂胆は知らねぇが、こんな絵がなんだというんだい? 」

 「前田屋」の主人が脇から、浮世絵をのぞくと言った。

「この絵には見覚えがあります。昔、住んでいた家にありました」

 「前田屋」の奥様が言った。

「ここに描かれている猫に見覚えがありませんか? 

白猫の方は、店や母屋に出没した白猫とうりふたつなんですよ」

 澪が身を乗り出すと言った。

「もう1匹は、雪乃がかわいがっていた猫に似てねぇこともねえ」

 間夫が口をはさんだ。

「思い出した。昔住んでいた家に、この猫とうりふたつの猫がいましたっけ」

 「前田屋」の奥様が思い出したように言った。

 その時、部屋の外から、なかの声が聞こえた。

「旦那様、奥様。一大事です。松吉坊ちゃんがお倒れになりました! 」

「なんだって? そいつは大変じゃねぇか。

そういうことだから、ひとまず、けえってくんな」

 「前田屋」の主人はそう言うと、間夫を追い払った。

「お帰りはこちらです」

 なかが、間夫の腕をつかむと強引に、母屋の外へつまみ出した。


 澪は、夫妻のあとから松吉の部屋へ急いだ。

松吉は部屋にはいなかった。

澪は、松吉の居場所にピンときた。

自室にいないとすると、松吉がいるのはあそこに違いない。

「松吉さんは、先代の部屋にいるかもしれません」

 澪がさけんだ。

 3人が我先にと、先代の部屋へ駆け込むと、松吉が床の間の前で倒れていた。

「松吉! 目を開けておくれ」

 「前田屋」の奥様が、目を固く閉じている松吉を何とか、起こそうとした。

「まだ、かすかに息がある。誰か、医師を呼んでくんな! 」

 「前田屋」の主人が、廊下に飛び出すとさけんだ。

 それから、数分後。町医師が駆けつけた。

「医学書と照らし合わせてみたが、

こういった症例はどこにも見当たりません。

おそらく、仮死状態にいたっていると思われます」

 町医師が神妙な面持ちで告げた。



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