第61話 河童男

文字数 1,524文字

「ぼやの件とは関係ねぇかもしれねぇが、おもしれぇネタをつかんだわけよ」

 忠治が小声で言った。

「なんでも良いから、ちゃっちゃと話しなよ」

 明星が、忠治をせかした。

「河童が相撲好きだと知っているかい? 」

 忠治は何を思ったか、河童の話を持ち出した。

 河童が相撲好きだと言うのは誰でも知っている。

なれど、河童に会ったという奴はそういない。

空想上のいきものとされている。

それが、見たというものが現れたというわけだ。

夜な夜な、本所の辺りを酔い覚ましに散歩していたお武家や町人たちが、

橋の近くにいる河童を見たそうだ。

 酔っ払いの言うことだから、幻に違いないと聞き捨てていた奴らも、

河童が目撃された辺りで、

刃傷沙汰が多発していることを知れば信じる気になるだろうよ。

「河童が、橋の近くを通りかかった人を殺めたというわけかい? 」

 明星が呆れ顔で言った。

「笑うのは、これを聞いてからにしてくんねえ。良いか? 

死体は皆、相撲の技をかけられたみたいな死に方だったというわけさ。

相撲と言えば、河童の犯行と疑われてもおかしくはねえ。

あっしだって、はなから、河童だとは信じていねぇさ。

あっしは、河童になりすませた力士もしくは、

元力士の仕業じゃないだろうかとみている」

 忠治が真顔で言った。澪と明星は大笑いした。

「腹がよじれそう! 大の男が考えることかい? 」

 明星が、目じりの涙を指でぬぐうと言った。

「力士ってことは、明星さん、危ないところだったではないですか? 

もし、もっと早くに、興行があったら、容疑者にされるところでしたよ」

 澪が冷静に言った。

「ひょっとして、鶴蔵だったりして」

 明星がつぶやいた。

「いくらなんでも、それはないですよ。扮装の策は、

客寄せのために考案しただけではないですか? 」

 澪が笑い飛ばした。

「そうよね。あの人に、そんな度胸があるわけがないわ」

 明星が言った。

「とにかく、今後、言動にはくれぐれも注意した方が良い。

おやじさんや力士仲間にも忠告しておきなよ」

 忠治が、明星に言った。

「あいな」

 明星が相槌を打った。

 翌日の午後。澪は、明星たちに誘われて

「かっぱ寺」として有名な浅草の曹源寺へ行った。

境内に着くと、先客がいた。その後ろ姿を見るや、澪はあとずさりした。

なぜかと言うと、頭のてっぺんがはげていて肩まで伸ばしたざんばら髪が、

まるで、河童のように見えたからだ。

「おじさん。来ていたのですか? 」

 明星が、その河童男に声を掛けたため、

澪は思わず、その河童男を2度見した。

「明星。勝利祈願かい? 」

 その河童男が親し気に言った。

「はい。ひょっとして、対戦相手を指導しているのはおじさんですか? 

いつ戻ったのですか? 」

 明星がうれしそうに言った。

「先日、刑を終えて戻った。あの時は、いろいろとすまなかったね。

おやじさんは元気そうだな」

 その河童男が穏やかに言った。

「明星姉さん。ひょっとして、この人って、

あの元力士の妙見梅ですかあ? 」

 夕星が驚きの声を上げた。

「そうだけど。呼び捨ては失礼だよ。

おやじさんの好敵手だったお方なんだから。

いろいろあって、おやじさんが引退した後に、角界を去ったけど、

こうして、お会い出来て良かった。

今は、なんと、名乗っているのですか? 」

 明星が言った。

「梅之助と呼んでくんな。そろそろ、帰らねぇと、またな」

 梅之助はそう言うと、そそくさと境内をあとにした。

「河童かと思いましたよ」

 澪がぼそっと言うと、そこにいた皆が爆笑した。

「たしかに。わたいもそう思ったけど、

さすがに、口にするのはどうかと思って黙ってたんだ。

まさか、澪が口にするとは思わなかったよ」

 明山があっけらかんとして言ったため、またもや、皆の笑いを取った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み