第50話 透明人間

文字数 2,037文字

「裏がひっくり返って、表になった。

どうせ、ろくな人生でなかっただろうに、

最後ぐらいは、誰かのためになることをした方が良いのではないかね。

あたしは、あんたの最後を良いものに変える手伝いをしてやったのさ。ヒヒヒヒ」

 紫頭巾をかぶった女がそう言い放つと嘲笑った。

「何が良い人生だ? 

身代わりになって死んだって、地獄に落ちるだけだ。

極楽に行けねぇのなら、生きながらえた方が良いに決まっとる」

 幽霊になった鷺の親分は、

改ざんされた死人の姓名と年齢の上に

何やら書き直すと、皆の前に見せた。

「おい、いってえ、何したんだい? 」

 忠治がさけんだ。

「あっしを誰だと思ってんだい? 書き換えるなんざ朝飯前だぜ」

 幽霊になった鷺の親分が豪語した。

驚いたことに、死人の姓名に書き換えられた

「咲太郎」の文字を「先太郎」に書き直してみせたのだ。

「いくら、仏になったって、

閻魔様の文字を真似ることなんぞ出来るわけがない! 」

 海光が神妙な面持ちで言った。

「それが、こいつの手にかかれば出来るんですわ」

 忠治が、幽霊になった鷺の親分の隣に立つと言った。

「ひょっとして、あっしが見えるのかい? 」

 半透明になった鷺の親分が、忠治に訊ねた。

「ああ。書き直したせいかもしれねえ。半透明だけど見えるぜ」

 忠治が答えた。

「ああ! 良かった! 」

 半透明になった鷺の親分が小躍りして喜んだ。

「そんな! 」

 おさとが、その場にくずれるようにしゃがみ込んだ。

「これで良かったんだ。

おさと、どうか、手前のことは早く忘れて、もっと良い男と再婚しておくれ」

 幽霊になった先太郎が踵を返すと言った。

「ちょい、お待ち。まだ、終わっていないよ! 」

 紫頭巾をかぶった女が、幽霊になった先太郎を引き留めた。

「女の言う通りだ。まだ、蘇生するには不完全だ。

遺体がなければ、現世には戻ることは出来ないんだ」

 夢幻が神妙な面持ちで告げた。

「竜はまだなのか? 」

 亀次郎が言った。

 その時、竜がやって来た。見た感じ手ぶらだ。収穫なしだったようだ。

「あっしのからだは? 」

 半透明になった鷺の親分が、竜に駆け寄ると訊ねた。

「勘弁してくんねえ。極楽泉にも、

墓場にも行ってみたが見つからなかった」

 竜が首を大きく横に振ると言った。

「うわああん! うわああん! 」

 半透明になった鷺の親分が地面に這いつくばると、

こどもみたいに泣き出した。

「残念だったね。観念して、地獄へ落ちな! 」

 紫頭巾をかぶった女がそう言い放つと、

再び、地面の中から、無数の黒い影が現れて、

今にも、半透明になった鷺の親分に迫ろうとした。

「そうはさせるか! 」

 亀次郎と忠治が、無数の黒い影の前に立ちはだかると、

半透明の鷺の親分を身をていしてかばった。

「あんた。私が何とかしますから」

 おさとが何を思ったか、

白い光りに包まれて今にも消えそうな先太郎の手をつかんだ。

「ここで何をしておる! 」

 突然、住職の雷が落ちた。

「住職様」

 海光がその場にひれ伏した。

その隙に、紫頭巾をかぶった女がどこかへ逃げ去った。

それと同時に、地面の中から出て来た無数の黒い影も地面に戻って行った。

「お義姉さんの兄を思うきもちはありがたいです。

なれど、咲太郎さんの命と引き換えにするのは許せません。

もう、こんなことおやめくだされ」

 住職の背後から、おなつが姿を現すと啖呵を切った。

「おなつ。勘弁してくんねえ。すべては、お兄ちゃんが招いたことだ。

店のことを番頭に任せきりで、夜遊びに興じた挙句、あっけなく、死んじまったせいだ。

おさとは切羽詰まってやったことだ。許してやってほしい。この通りだ」

 先太郎がその場に土下座した。

「店のことは何とかなります。私がきっと、守ってみせますとも。

兄さんは安心して、あの世へ旅立っておくれな。

義姉さんとおじさんの罪をなかったことには出来ません。

そうかと言って、縁あって身内になった人たちを見殺しにも出来ません」

 おなつが涙をこらえると思いを打ち明けた。

「よく見るが良い」

 住職が、半透明になった鷺の親分に鬼籍を今一度確認するよう言った。

「これが何だってんだ? 」

 半透明になった鷺の親分がブツブツ言いながらも見返した。

その直後、半透明になった鷺の親分の顔が驚きの表情に変わった。

「これはいってえ、どういうわけだい? 

先太郎の寿命はまだ、ずっと先だぜ! 」

 半透明になった鷺の親分が、夢幻に鬼籍を手渡すと言った。

「うむ。どういうわけか、

まだ、死ぬ予定のねぇ先太郎が寿命より早く死んだことになっておる」

 夢幻が、鬼籍を顔に近づけると言った。

「うちの人は、死なないで済むのですね? 」

 おさとがさけんだ。

「遺体はどうした? 鷺の親分同様、遺体がなくては現世には戻れねぇぜ」

 夢幻が、おさとに言った。

「本堂に安置しています」

 おさとが明るい声で言った。

「相分かった。早速、蘇生術を施すとしよう」

 夢幻が、おさとの後から、本堂へ行こうとした時だった。

半透明になった鷺の親分が通せんぼした。




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