第57話 女力士たち

文字数 1,048文字

「ここのちゃんこはうめぇんだぜ。

何せ、明星のおやじさんと

わしの古巣の部屋のちゃんこと味が一緒だからさ」

 鶴蔵が当然のように、朝餉の席に着くと澪に言った。

「鶴蔵さんは、ちゃんこが目当てで、

うちを世話しているみたいなものですもんねえ」

 明星がさり気なく、ちゃんこ鍋の具をお椀に取り分けると言った。

「まあな。否定はしないがね。

ところで、おまえさんたちに朗報だ。

それから1か月後。向島の女相撲部屋との興行が決まった。

勧進相撲ではないが、盛況とあれば次が期待出来る。

そのためには、見物客を楽しませて満足させなきゃいかん。

そこでだ。わしにひとつ考えがある。おまえさんたちが、

猫かなんかの恰好をして土俵に上がるというのはどうだい? 

こちとらあ、そのつもりならば、

あちらさんも何か考えて、扮装して土俵に立つってよ」

 鶴蔵が秘策を口にした途端、

その場に集まっていた女力士たちの手が止まって、

視線が一気に、鶴蔵に注がれた。

「猫に化けて相撲を取れってかい? 

相撲をなめているとしか思えない言い草だね」

 有明が皮肉った。

「そうだよ。いくら、相撲が取れるからと言って、

笑いものになるのだけは嫌だね。はずかしくて、お嫁に行けないよ~ 」

「あんた。嫁に行くつもりなのかい? どの面下げて言ってんだい? 

あたしらみたいなゲテモノにもらいてがあるはずないだろ」

「夕星姉さんはそうかもしれませんが、あたしらはまだ、望みはありますよ。

こんなわたいでも、かわいいと言ってくれる支援者がいるのですから」

 鶴蔵の妙案がきっかけで、女力士3人の痴話ケンカがくりひろげられた。

「お黙り! ピーチク、パーチク。あんたらは、雀みたいにうるさいんだよ。

食うかしゃべるかどっちかにしな! 

世話人の言うことには、黙って耳を傾けるのが礼儀だよ」

 明星が一喝して、痴話ケンカを一瞬で終わらせた。

女力士3人は黙々とごはんを食べはじめた。

「明星姉さんはいいですよね。すでに、お相手がいますもん」

 有明が、明星と鶴蔵を交互に見ると言った。

「わしが、こいつと? 冗談言っちゃあいけねぇよ」

 鶴蔵が否定した。

「そうだよ。だいたい、おやじさんが許すわけないでしょうが。

おやじさんは、わたいを

商人に嫁がせたいと日頃から、口にしているわけさ。

元力士で、しかも、

女相撲部屋の世話人に嫁がせるわけないよ」

 明星が笑い飛ばした。

「お似合いだと思いますけどねえ」

 有明がそう言うと、他の女力士たちも相槌を打った。

 澪は、店へ行く時間が来たため、

あいさつそこそこに、部屋をあとにした。
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