第15話 猫又

文字数 1,141文字

「おまえさんも来るが良い」

 夢幻が、澪に告げた。

「どうぞ、こちらです」

 さっきとは違い、店番の女が礼儀正しく、2人を母屋へ案内した。

 
「だいぶ、繁盛しているようだねえ。それもこれも、白鼠がいるおかげかね」

 夢幻がそれとなく言った。

「白鼠などいやしませんて」

 澪がそう言った矢先、なぜか、店番の女が含み笑いした。

澪は何が、おかしいのかわからなかった。

猫がいる家には、鼠はいないと固く信じていたからそう思ったのだ。

「違う。白鼠というのはモノの例えだ。本物の鼠じゃねえ」

 夢幻が苦笑いしながら言った。

「そうならそうと、わかるように言っておくんなさいまし」

 澪が口をへの字に曲げた。

「白鼠というのは、主に忠実で、

店の繁盛に貢献している番頭のことだ。覚えておくんだな」

 夢幻が言った。

「主を呼んで来ます」

 店番の女は、2人を母屋の客間に通すと奥へ歩いて行った。

「佐伯には聞いたかい? 」

 主を待つ間、夢幻がふと訊ねた。

「輸血してくださったそうで、その節は、お世話になりました」

 澪はお礼を告げると軽く頭を下げた。

「今日はやけに、素直だな。何かあったかい? 」

 夢幻が腕を組むと言った。

「ええ。まあ。この店の主には、男のお子さんがおられますか? 」

 澪が上目遣いで訊ねた。

「本人に聞くが良い」

 夢幻が答えた。

 その時、障子が開いて、店の主人と思われる長身のやさ男が客間へ入って来た。

「お待たせしてすまないねえ」

 店の主人が座るなり詫びた。

「わしに依頼したいこととは何ですか? 」

 夢幻が単刀直入に訊ねた。

「気の短い人のようだね。まずは、茶と菓子を味わい、

世間話のついでに、お話ししようかと思っていたのだが、

出鼻をくじかれてしまった」

 店の主人が苦笑いしながら言った。

「あいにく、そんなに、暇ではないんで」

 夢幻が咳払いすると言った。

「先日、家の者が、あれを見まして大騒ぎになった次第」

 店の主人が小声で告げた。

「あれと言いますと? 」

 澪が思わず、口走った。

「あれと言えば、あれに決まっている。そうでしょう? 」

 夢幻がかまをかけた。

「しかり、その通り。あやかしですよ」

 店の主人が上目遣いで言った。

「どんなあやかしだい? 」

 夢幻が身を乗り出すと訊ねた。

「それが、見た者の話によると、

尻尾が2つにわかれた子熊ぐらいの大きさをした猫らしいです」

 店の主人が神妙な面持ちで答えた。

「そいつは、猫又だな。何故また、

おたくのような大店に、猫又が出たんだい? 心当たりは? 」

 夢幻が興奮気味に言った。

「店にいた白猫は、そちらさんの飼い猫ですか? 

もしや、あの白猫と猫又との間に何かあるのでは? 」

 澪が言った。

「いんにゃ、違います。野良猫でも迷い込んだのではないですかねえ」

 店の主人が平然と言った。

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