第10話 あやかしの宴

文字数 2,015文字

「火事だ~! 」

 どこからともなく、白い煙がモクモクと上がって、

たちまち、辺りが真っ白になり、何も見えなくなった。

澪は、誰かに腕をつかまれると全速力で走らされた。

「ハアハア。もうダメ。これ以上、走れない」

 澪は、つかまれていた腕を振り払うと立ち止まった。

「ここまでくれば安心だ」

 顔を上げると、寅吉が目の前に立っていた。

「いったい、これは、どういうことなんですか? 」

 澪が言った。

「白煙を焚いた。この隙に、囚われし者らを捜し出そうっていう作戦だ」

 寅吉がえへん面で言った。

「他の2人は? 」

 澪は周囲を見まわした。

「さあ? ここへ来る途中、見失っちまった」

 寅吉はそう言うと、「てへっ」と舌を出した。

「屋敷中くまなく、捜しまわったけれど、

ねずみ1匹出てきやしなかったんです」

 澪がため息交じりに言った。

「まことにそうか? 」

 寅吉の背後から亀次郎が姿を現した。

手には、火のついたロウソクを持っている。

「何をやっているのですか? 」

 澪は、亀次郎が、部屋の壁に

ロウソクの火を近づけていることに驚いて止めに入った。

「放っておきな。あいつのことだから、

何か考えがあってのことに決まってら」

 忠治が、澪の隣に来ると言った。

「おゆみさんは? 」

 澪は、おゆみとはぐれたことに気づいた。

「きゃあ~! 」

 おゆみのさけび声が屋敷中に響きわたった。

「いっけねえ。忘れていた」

 寅吉がそう言うと、くるりとバク転した。

 4人が、さけび声を聞きつけて駆けつけると、

縁側で、口をあんぐり開けて尻もちをついているおゆみを見つけた。

「どうかしましたか? 大事ありませんか? 」

 澪が、おゆみの元に駆け寄った。

「あわわ~! あれ、なに?? 」

「何ですか? 」

 おゆみが指さした方向を見ると、

大きなガマガエルがジャンプして、

塀を飛び超えようとしているところだった。

「ついに、正体を明かしやがった」

 忠治が言った。

「正体って、まさか? 」

 澪は呆然となった。

「今夜、宴に招かれた客は皆、人間とはほど遠い、あやかしだらけってことだ。

満月の夜だけ、人間に変幻することが許されて、

ふだんは、市中をさまよっているような低俗な野郎なんだよ」

 亀次郎が忌々し気に言った。

「にゃ~! 」

 とら猫が、大きなガマガエルの近くに来るとからかいはじめた。

「やめろったら、おい。あっち、行けってば」

 大きなガマガエルが足を伸ばして、とら猫を追い払おうと躍起になっている。

「寅吉。そのへんにしておきな」

 忠治が注意すると、とら猫は、塀の上に飛び乗ると暗闇の中へと消えた。

「あんなの放っておけば良いのに。ちょっかいだすだけ、時間の無駄だぜ」

 忠治がちっと舌を鳴らすと言った。

「お~い! こっち来いや! 」

 いつのまにか、亀次郎の姿が消えていた。声は、広間の中奥から聞こえた。

「何か、見つかったんですか? 」

 澪が、壁に顔を押しつけている亀次郎の背中を軽くたたいた。

「ここがあやしい」

 亀次郎はそう言うと、ロウソクの火を吹き消した。

「壁がどうかしたのかい? 」

 忠治が、亀次郎に訊ねた。

「しっ」

 亀次郎が、忠治を黙らせると消えたロウソクを壁に近づけた。

すると、ふしぎなことに、ある場所だけ、煙が吸い込まれていく。

これは、壁の向こうに、空間があるという証拠だ。

「ふしぎですね」

 澪が、壁に顔を近づけると言った。

「さがってろ」

 亀次郎が、澪のからだを押しのけたかと思うと、

次の瞬間、何を思ったか、壁を頭突きした。

「何をしているのですか? 」

 澪が、流血した亀次郎の頭を見るなりおののいた。

「変だな。ビクともしねえ」

 亀次郎が流血をもろともせず、何度も、壁に頭を打ちつけた。

澪には、亀次郎が何をしたいのか、さっぱりわからなかった。

「どけろ。あっしに任せな」

 今度は、忠治が、亀次郎と入れ替わると両手で壁を押した。

すると、ふしぎなことに、壁がへこんで後ろへ下がった。

「なんだ、たいしたことねぇな」
 
 亀次郎が、忠治を押しのけると力任せに、へこんだ壁を押した。

 ザー 驚いたことに、へこんで後ろに下がった壁が、

向こう側へ倒れた直後、突如、入り口が出現した。

「隠し扉だったか」

 忠治が言った。

「あんたたち、そこで、何をしているんだい? 」

 入り口の中をのぞき込んでいた時だった。思わぬ邪魔が入った。

「げっ、やばい! 」

 澪が思わず、声を上げた。主の女房の背後には、

凶悪なごろつきたちがひかえていた。

「やっちまいな! 」

 主の女房が、凶悪なごろつきたちに向かって指図した。

「澪。こいつらのことは、あっしらに任せて、

おまえさんは、中へ入るんだ。さあ、早く」

 忠治が、澪の背中を押すとせかした。

「わたいだけ、逃げるなど卑怯な真似出来ません」

 澪が躊躇するように言った。

「おまえさんがいたって、2人しかいないのと同じだ。

だったら、いねぇ方が気を遣わずに済む」

 忠治の返事を聞くと、澪は、ひみつの入り口に入った。

 
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