第12話 冥途のみやげ

文字数 1,776文字

 木戸が開くまで、あばら家で待つことになった。

朝帰りしたのは初めてだ。さぞかし、祖父が心配していることだろう。

「いろいろなことが1度にありすぎて、頭が混乱しているのかい? 

これでも飲んで。まずは、落ち着くんだな」

 頭を抱える澪に、夢幻が白湯を差し出した。

「あの屋敷は? 人買いは? あやかしたちは? 

いったい、わたいは、何を見せられたのですか? 」

 澪は、白湯を一気に飲み干した後、感情を爆発させた。

家に帰っても、興奮し過ぎて眠れそうにもない。

「悩むより受け入れて飲み込む方が、ずっと、楽だよ」

 夢幻が穏やかに言った。

「弟子になったつもりはありませんから? 

恩返しはこれにて、しまいとさせてくだされ」

 澪がそう言うと重い腰を上げた。

「あれから、伝右衛門とおゆみがどうなったのか、

おまえさんは気にならねぇのかい? 

せめて、2人の結末を見てからにしな」

 夢幻が告げた。

「2人も、あやかしとか言いませんよね? 」

 澪がつぶやいた。

「まあ、己の目で確かめるんだな」

 夢幻が言った。

 外に出ると、空が白みがかっていた。

木戸へ向かって歩いていた澪の目の前に、

寅吉・忠治・亀次郎・竜の4人が立ちはだかった。

「ついてきな」

 亀次郎が言った。

 4人について、川辺へ行くと、白い霧の中に、2つの影がおぼろげに見えた。

「ようやく、再会出来たんだぜ」

 忠治が言った。

「よく、見えませんが、あそこにいるのは、

伝右衛門さんとおゆみさんなんですか? 」

 澪が目を細めながら言った。

「ひとりはすでに、この世の者ではないがね」

 寅吉が言った。

「百本杭のあたりに、どざえもんが揚がったそうだ。

その顔を確認したおゆみはやっとのことで、伝右衛門と再会出来たというわけさ」

 忠治が経緯を語った。

「では、今、おゆみさんといるのは誰なんですか? 」

 澪が、忠治に訊ねた。

「さあ、誰だろうねえ」

 忠治はそう言うとふらりと、どこかへ歩いて行った。

「あの、亀次郎さん? 」

 澪が、亀次郎に訊ねると、亀次郎も知らぬふりを

決め込んでどこかへ、歩いて行った。

「寅吉さん、あなたも逃げる気ですか? 」

 澪は、寅吉を逃しまいとして肩をつかんだが、

見事に交わされてしまい、寅吉もまた、とら猫に変幻して逃げ去った。

 残るは、竜と思い、ふり返ると、すでに、竜は姿を消していた。

「え~、え~」

 澪は嘆いた。


 どうしても、真相が知りたくて、あばら家に舞い戻ると、夢幻はいなかった。

しばらく、待っていると、夢幻が香炉を手に戻った。

「香炉を何に使ったのですか? 」

 澪が訊ねた。

「香を焚いたんだ。見ただろ? 冥途の土産に、

生き別れた夫婦を再会させてやったのさ」

 夢幻があぐらをかくと答えた。

「香を焚くと、死人に会えるのですか? 」

 澪が身を乗り出すと言った。

「反魂香という香だ。ふつうは手に入らないが、

わしみたいな優秀な陰陽師にかかると、手に入らぬモノはないというわけだ。

それでも、使いこなせればの話だ」

 夢幻が自慢気に言った。

「毎度、こんなことしていたのですか? お代は、誰が払ってくれるんですか? 

死人には無理でしょうし、おゆみさんからですか? 」

 澪が訊ねた。

「お代などもらわんよ。金を受け取ったら、人助けにはならないだろ」

 夢幻が答えた。

「じゃあ、どうやって、食べて行っているのですか? 

近所で噂になっていますよ。仕事もしていないようなのに、

どうやって、暮らしているかってね」

 澪が言った。

「余計なお世話というもんだ。知って何の得になる? 

言いたいやつには言わせておけば良い」

 夢幻が不機嫌そうに言った。

「あやかしを相手にするのは、2度とごめんですよ。心が持ちません」

 澪は肩をすくめた。

「案外、むいていると思うがな。何せ、おまえさんの中には、

わしの血が流れているのだから」

 夢幻が横目で、澪を見ると言った。

「はあ? 今、何と、言いましたか? 」

 澪が訊ねた。

「おまえさんを助けるため、わしの血をわけたんだ。

誰のおかげで、生き延びたのか考えれば、続ける価値はあるだろ? 」

 夢幻がえへん面で答えた。

「それ、まことの話ですか? 」

 澪は驚きを隠せなかった。

(血をわけたって、どういうこと? )

佐伯(さえき)という名の医師に聞けばわかる。

そんなに疑うのなら、そいつに聞くが良い。じゃあな」

 夢幻はそう言うと、澪を戸の外へ追い立てた。

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