第23話 密会

文字数 1,131文字

 澪は、雪乃と会った後、まっすぐ帰る気になれず

不忍池の辺りまで足を伸ばすことにした。
 
 池のほとりに佇んでいたところ、少し離れた場所に、

番頭の庄吉が歩いているのが見えた。

商いの合間に、店を抜け出してサボるとは、

生真面目そうな番頭には似つかわしいと思いつつ、

気がつくと、あとをつけていた。

 庄吉は人目を気にするようにして、周囲を見まわした後、

出合茶屋の中へと消えた。使用人たちの間では、

奥様との仲が噂されていただけに、相手が誰なのか気になり、

中に入ろうとした矢先、誰かに背後から

肩をつかまれて店の外へ押し戻された。

「何するのですか? 」

 澪がふり返りざまに文句を言うと、澪の肩をつかんだのは亀次郎だった。

「よしときな。おまえさんの出る幕じゃねえ」

 亀次郎が仏頂面で言った。

「なれど‥ 。誰と密会しているのか気になるじゃないですか」

 澪が反論した。

「ここは任せて、おまえさんは、これを持って前田屋へ行くんだ」

 亀次郎はそう言うと、澪に浮世絵を手渡した。

「なんですか? 」

 澪は浮世絵を眺めた。浮世絵には、ぶさかわ猫と白猫が描かれていた。

「町絵師が描いた絵だ。前田屋の奥様に見せて、

どんな反応を示すか見定めるんだな」

 亀次郎がぶっきらぼうに言った。

「何為ですか? 」

 澪が訊ねた。

「早く、行け」

 亀次郎は、澪のからだを押しのけると

出合茶屋の向かいの路地へ走って行った。

(やぶからぼうに、なんなのよ?! )

 澪はいらいらしながらも、亀次郎が言うからには

何かあると思いなおして「前田屋」へ向かった。

 「前田屋」の近くまで来た時だった。とら猫が近寄って来た。

澪はとっさに、そのとら猫を抱き上げた。

「今度は、寅吉さん、あなたよね? 」

「ん? ちょうど、良かった。今、吉原の女郎の間夫だという野郎が、

店に乗り込んできて騒ぎになってんだ。これは見物だぜ」

 寅吉が言った。

「そうだ、わたいも、奥様に用があったんだった」

 澪は、「前田屋」の暖簾をくぐった。

「いらっしゃいまし。あら? 」

 店番のおみよが、澪に気づいて歩み寄った。

「奥様にお会いしたのですが‥ 」

 澪が告げると、おみよがギョッとした。

「今、取り込んでいてそれどころではないみたいですよ」

「大まかなことは聞きました。

ひょっとして、店に押しかけたという人は、雪乃さんの知り合いですか? 」

「雪乃さん? あの女郎はそんな名なのですか? 

間夫の様子からは、雪乃の名にふさわしい清楚な女とは想像もつきませんねえ」

「あがらせてもらいますよ」

 澪は、庄吉が留守とわかると強引に母屋へ向かった。

「澪さん。勝手なことをされては、困りますよ。

猫又騒動は解決したのですよね? 他に何があるのですか? 」

 おみよが、澪の背中に向かってさけんだ。
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