第44話 臨死体験

文字数 1,920文字

「ここに、それを書き写しな」

 夢幻が何を思ったか、天晴鳥海に反古紙を手渡すと「七出之状」を書き写させた。

「いってえ、何しようてんだ? 」

 天晴鳥海は、書き写したものを夢幻に手渡した。

 夢幻は、2枚の「七出之状」を畳の上に並べた後、

何やら、呪文を唱えて九字を切った。すると、驚いたことに、文字が浮かび上がった。

浮かび上がった文字はそれぞれ、重なり合った後、紙の上に散らばって落ちた。

「一見、同じように見えるが、

こうして、一文字づつ重ね合わせてみると合致しねえ。

これこそ、別人が書いたものだという証だ」

 夢幻がきっぱりと告げた。

「主さんの陰陽術にかかれば、

どんな巧妙な手口を用いたとしても一発で、見破られるわけさ」

 忠治がえへん面で言った。

「今の術を女房にも見せることは出来ねぇかい? 」

 天晴鳥海が身を乗り出すと言った。

「見世物ではないんだ。安く見てもらっては困る」

 夢幻が咳払いすると言った。

「そこを何とか、頼みますよ」

 天晴鳥海がその場に土下座すると願い出た。

 後日。天晴鳥海の女房を訪ねることになり、その日はおさまった。

 当日の朝。忠治が、容疑者を引っ張って来た。

「ほれ。主さんに白状しろよ。

話次第によっては、力をお貸しくださるだろうよ」

 忠治が、容疑者に自白を迫った。

 容疑者として連れて来られたのは、表向きは「代書屋」。

裏では、贋作や文書偽造を請け負っている男だ。

仲間内では、「鷺の親分」と呼ばれているという。

「あっしの技を一発で見破るとは、おみそれいたしやした。

さすがは、三途川の親分でさあ」

 鷺の親分が見え透いたお世辞を言った。

「その親分という呼び方はやめてくんないか? 」

 夢幻が嫌そうに言った。

「こいつが裏でしていることは、ほめられたことではありやせんが、

やばい仕事でも、こいつなりのこだわりがございまして。

よそ様の夫婦関係を壊すなんぞ

野暮なことを請け負うはずがねぇわけでさあ」

 忠治が頭を下げると言った。

「そんならば、わけを聞かせてもらおうか」

 夢幻が身を乗り出すと言った。

「虫けらみてぇなあっしの言うことに、

兄さんみてぇなえらいお方が、

耳を傾けてくださるとはありがてえ」

 鷺の親分は大げさに、感謝の意を示すと話し出した。

 それは10日前のことです。墓場にいたところ、

腹の虫が鳴く音で目を覚ましました。

その時、墓の前に供えられたまんじゅうの山が、

まるで、あっしに食べてくれと言わんばかりに視界に飛び込んで来たわけです。

空腹だったこともあり、がまん出来ず、

ついつい、まんじゅうの山に手が伸びていました。

 これがほっぺたが落ちそうなぐらいうまいのなんの。

気がつくと、全部たいらげていました。

満腹になって、ウトウトした矢先、激しい痛みが腹を襲いました。

同時に、吐き気までもよおして、墓の前でのたうち回りました。

 どのくらい経ったかわかりません。目を開けると、

見知らぬじいさんが、あっしを見下ろしていました。

その見知らぬじいさんの肩越しに、逃水(蜃気楼)の中、

1(そう)の小舟が近づいて来るのがかすかに見えて、

どこからともなく、花の香りがしてきました。

あっしがいるのは、あの世にちげぇねぇと思いあせりました。

「まさか、あっしは死んだのですかい? 」

 あっしは、近くにいた見知らぬじいさんに訊ねました。

やり残したことがたくさんある。今、ここで、死ぬわけにはいかねえと思いました。

「三途の川を渡らぬうちはまだ、引き返せる」

 その見知らぬじいさんが答えました。

「そんならば、この世への帰る方法を教えてくんねえ」

 あっしには、どうやって生き返ったら良いのか見当がつきませんでした。

何せ、激しい腹痛と吐き気が襲った後の記憶が全くないわけで、

どうやって死んだのかも思い出せないぐらいですから。

帰り方なんぞ、わかる道理がございません。

「ひとつ、仕事を頼みたい。49日の間に、

娘を助けることが出来たら、死なぬ方法を教えてやろう」

 その見知らぬじいさんが思わぬことを言って来ました。

「ところで、おまえさん。どこの誰なんだい? 

なぜ、ここにいるんだい? 」

 あっしがそう訊ねた時には、

その見知らぬじいさんの姿は消えていなくなっていました。

その後、強烈な眠気が襲い、あっしは再び、眠りにつきました。

目覚めたら、あっしは、仕事場として

使わせてもらっている茶屋の座敷にいました。

そこへ、見知らぬ女が訊ねて来て、

その見知らぬ女から、代書を依頼されたというわけです。

 代書というのが、「七出之状」だったもので、

何か変だとは思いつつも、これこそ、あのじいさんの言う、

じいさんの娘を助けることであり、

やり遂げれば、あっしは、あの世へ行かずに済むと自分に言い聞かせました。



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