第38話 夫婦ケンカ

文字数 1,393文字

 そんなおり、善吉たちが、家へ帰ることを許された。

澪は、善吉が帰って来たと聞いて様子を見に行ったが、

善吉の様子がどこか変なことに気づいた。

「あんた。やめておくれ」

「うるせえ! 」

 澪が訪ねた時、夫婦ケンカの真っ最中だった。

「どうしたのですか? 落ち着いておくれな」

 澪はあわてて、2人の間に入るとケンカを止めようとした。

「まことの話を話せと言うてるだけじゃねぇか? 

なぜ、隠そうとしてんだい? 」

 善吉がその場にくずれるようにして座り込むと訴えた。

「お医者様から、無理に思い出させぬ方が良いと言われたと

何度、説明すればわかってくれるんだい? 」

  おくにが、善吉の傍らに座ると言った。

「なぜ、わしがこんな目に遭わねばならねかったのかと考えると

イライラしてしょうがねぇわけさ。

いってえ、捕物方は何していやがる? 

ちゃっちゃと、星をあげねぇと第2の被害者が出るじゃねぇか? 

わしが思い出すことが出来れば、

事件解決の役に立つかもしれねぇんだ。

なぜ、わかってくれない? 

なぜ、知っていることを隠そうとするんだい? 」

 善吉が涙ながらに訴えた。

「興奮しないでおくれ。傷口が開くと悪いよ」

 おくにが、善吉の背中を優しくさすると言った。

「そこまで、お言いならば、わたいが教えてあげるわ。

善吉さんたちはそれぞれ、狸に化かされたの。

その狸は、善吉さんが白毛の狸を見世物小屋へ売ったから、

仲間を助けるため、善吉さんたちに化けたというわけ」

 澪が説明した。

「狸が、仲間を売られた腹いせに報復したというわけかい? 

そんなことがあり得るのかい? 」

 善吉が力なく笑った。

「そうとは限らないわ。それより、なぜ、白毛の狸を売ったの? 」

 澪が言い返した。

「ある人に勧められた。その方が、金になると言われたんだ。

子を育てるにも金がかかるだろう? 

今の稼ぎでは、夫婦2人暮らしていくだけで精一杯。

こちとらあ、子の将来を考えると、不安でしょうがねぇわけさ」

 善吉が嘆いた。

「ある人とは、どこの誰? 」

 澪が、善吉に詰め寄った。

「それが、よく、思い出せないんだ。

ダチと吞んでいた時に、隣にいた客だったかもしれねぇし、

仕事の途中に会った人かもしれねえ。

なぜか、その人に、

星型の痣があったのだけはよく覚えてらあ。めずらしいからよ」

 善吉が言った。

「あんた。ひょっとして、浮気したのではないかい? 」

 おくにが、善吉にねじり寄った。

「性別すら覚えていねぇのに、浮気を疑われる筋合いはねえ」

 善吉がそう言うと背を向けた。

「うううう、ああああああ」

 その時、おくにが両手でお腹を抱えるようにしてその場にくずれ落ちた。

「おくにさん。どうかしたの? 」

 澪が、おくにの顔をのぞき込むと訊ねた。

「早産になるかもしれない。

悪いけど、澪ちゃん。産婆さんを頼めるかい? 」

 おくにが言った。

「待ってて。すぐ、呼んで来る」

 澪は急いで、産婆を呼びに行った。

 産婆を連れて舞い戻ると、善吉の姿がなかった。

「なぜ、こんな時に? 」

 澪は、善吉がいなくなったことに驚きを隠せなかった。

「いいのよ。

あの人は人一倍、こわがりだから見てられないのよ」

 おくにが息絶え絶えに言った。

 明け方。元気な男の赤ちゃんが誕生した。

澪は、おくにが目を覚ましたことを確認するや否や、善吉を捜しに出た。

 出産に立ち会えないほど臆病者でも、

産まれたとわかれば戻って来るはずだ。

 
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