第21話 飼い主

文字数 946文字

 澪の勘は見事に的中した。ご長寿猫のことは、

吉原中に知れ渡っていて、飼い主はすぐに見つかったのだ。

しかも、その飼い主は、廃した商家の娘だったという。

ますます、お土産物屋の娘と確信づいた。

「あの娘なら、労咳を患ったんで寮の方へ移ったよ」

  澪が雪乃を訪ねることを知ると、

その女郎がこっそり、雪乃の好物だというみかんを持たせてくれた。

 病を患った女郎が静養のため、滞在しているという見世の寮は竜泉寺町にあった。

澪が、雪乃がいる寮へ向かって歩いている時だった。

向かいから、おしのが歩いて来るのが見えた。

「おしのさん! 」

 澪は手を振った。

「思った通り、勘のするどい娘だったね」

 おしのが言った。

「おしのさんの娘さんは、吉原の女郎だったのですか? 」

 澪が訊ねた。

「そのとおりさ。あたしは、娘を吉原に売った悪い母親なんだよ。

軽蔑されると思って言えなかったけれど、いずれ、バレると覚悟していたさ」

 おしのがため息交じりに言った。

「雪乃さんとは、お会いになったのですか? 」

「会えやしないよ。どんな面して、会えば良いんだい? 

さぞかし、うらんでいるだろうねえ。何せ、初恋をダメにしちまったのだから」

「そんなことありませんよ。どんなことがあったって、

実の母親には会いたいはずです。

今から、雪乃さんに会いに行くのですが、一緒に行きませんか? 」

 澪が、おしのの腕を引き寄せた。

その時、なにか変なことに気づいた。それが何なのかわからなかった。

「遠慮しておくよ。波風立てなくないから。

あまり、他人のことに首をツッコまない方が身のためだよ。

孫の顔を代わりに拝んで来てほしいと言ったのは、あたしだけど、

物事には潮時というものがあるわけさ。ほどほどにしておくんだね」

 おしのはそう言い残すと、来た道を戻って行った。

追いかけたが、おしのの姿はすでに、見えなくなっていた。

「雪乃、お客さんだよ」

 寮の管理人が、雪乃さんの部屋へ案内してくれた。

「誰? 訪ねて来る人なんぞ、いないはずだけど‥‥ 」

 大きな瞳が印象的な女郎が、布団の上から起き上がると言った。

雪乃という名にふさわしい色白の美人だ。

「突然、すいません。澪と言います。

ご長寿猫の飼い主さんと聞いてお訪ねしました」

 澪があいさつすると、雪乃がぼんやりとした顔で見た。
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