第16話 番頭の証言

文字数 1,310文字

 その夜、澪は成り行きで、猫又退治につきあわされた。

「どうやって、退治するのですか? 」

 澪が訊ねた。

「どんなやつなのか見極めることが肝心だ。

ちょっとやそっとでは、退治など出来ないわけだ」

 夢幻が答えた。

「まずは、目撃者の証言を聞きませんか? 」

 澪が言った。

「そうだな。おまえさん、聞いて来い。わしはここで待っている」

 夢幻が、猫又が出たという奥の部屋の前の廊下に座り込んだ。




「番頭さん。すみませんが、お話を聞いてもよろしいですか? 」

 澪は、そろばんと帳簿を交互に眺めている庄吉に近づいた。

「旦那様から、話するように言い遣っています。

あれを見た時の話をすれば良いのかね? 」

 庄吉が顔を上げると告げた。

「はい、お願いします」

 澪が返事した。

「あれは、夜おそくまで仕事をして帰ろうとした矢先のことです‥‥ 。

帰る前に、旦那様へごあいさつしようと思い立ち、母屋へ行った時でした。

あいさつを終えて、奥の部屋の前を通りかかった時、奇妙な物音を耳にしたんです。

何かと思い、奇妙な音がした方へ近づいてみたら、猫の鳴き声が聞こえました。

迷い猫かと一瞬、思いましたが、

次の瞬間、この世のものとは思えぬ影が迫って来て飲み込まれそうになり、

あとは、無我夢中で逃げて母屋を飛び出した次第」

 話している間、庄吉は、その時の恐怖を思い出したらしく、

落ち着かない様子で、額には、尋常ではない量の汗をかいていた。

「猫又そのものを見たわけではなくて、影を目にしたというわけですね。

迷い猫の影が大きく、まるで、襲い掛かってくるように

見えたということもありませんか? 」

 澪が冷静に訊ねた。

「あれは、あやかしとしか思えん。

猫又というのは、猫の寿命をとっくに超えたご長寿猫がなると聞きました。

それで、思い出したのですが、手前がまだ、手代だった時分、

この界隈にお土産屋がございましてね。

そこにいた猫が長生きでした。店はつぶれてしまい、

猫の行方も今ではわかりませんが、

もし、あの猫が今でも生きていたとしたら、

猫又になったとしてもおかしくありません」

 庄吉が神妙な面持ちで言った。

「それがまことであったとしたら、

何故、番頭さんの前に現れたのでしょうか? 

何か、心当たりはありませんか? 」

 澪が言った。

「さあ、まったく、身に覚えがありません。

何せ、当時は、とにかく、忙しく働いていましたから、

猫にかまっている暇などございませんでした」

 庄吉が首を横に振ると言った。

 澪は、夢幻の元に舞い戻ると、庄吉から聞いた話をすべて話した。

「その猫について、調べてみる価値がありそうだ。

早速、忠治に言って調べさせよう」

 夢幻が勢い良く立ち上がると言った。

「どこへ行くおつもりですか? 」

 澪が訊ねた。

「いったん、家に戻る。おまえさんは、

ここで、交代が来るまで見張っておれ」

 夢幻が、澪に指図した。

「ご冗談を」

「冗談で言えることではない。もしもだ。猫又が現れたら、これを投げつけろ。

気を取られている隙に逃げるんだ。わかったか? 」

 夢幻が、澪に何か投げてよこした。

「マタタビって? 猫の好物と同じものではないですか? 」

 澪が文句を言おうとした時には、夢幻は姿を消していた。 
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