三章-1
文字数 1,417文字
青黒い髪を肩にかかるほど伸ばし、両腕に大蛇を墨彫りした情報屋は言った。
「ちょっと面倒な仕事を頼まれて欲しい」
依頼者と顔を合わせないルールの彼は、指定した廃墟の壁越しに、
「一つは俺の個人的な依頼だが、同じ標的でもう一件、殺害依頼が来てる」
そう断って、まず、情報屋個人の依頼のあらましを話し始めた。
最近、ストリートを彷徨 く、厄介な業者がいる。その業者はフリーの人身売買ブローカーだが、組織に属していないぶん、やり方がえげつない。ストリートで見つけた孤児の少年少女を徹底的に手懐けた上で、他の人身売買ブローカーに高額で、少年少女らの同意なしに売りつける。無害そうな大人に騙された彼らは心身に不調を来たすことが多く、商品としてすぐに転売することが出来なくなるため、損害を被る同業者が後を絶たず、遂には
「……で、もう一つってのは?」
情報屋と壁越しに、背中合わせで対峙して、フユトが聞く。
「ある企業の会長だ、大事な顧客だから詳しい情報は渡せないが、裏は取れてる」
情報屋はそう前置きしてから、
「孫娘に変な男が目を付けている、本人が自称する肩書きを照会したが該当者がいない、大事になる前に
依頼の内容をざっくりと説明した。
「汚ェ言い方」
フユトが嘲笑うので、情報屋はそれには同意しつつ、
「財産と家柄が守れるなら、汚れ役に払う金は惜しまない人間だからな、それなりに吹っかけてある、俺の依頼に託けて、殺して構わない」
物騒に答えた。
「蛇 の上げ膳据え膳はありがたいけどな」
フユトは眉を寄せ、路地裏に蟠る夜を睨み据えながら、
「踊らされてるみたいで気味が悪い」
率直な感情を吐き捨てる。
情報屋は通称を【蛇】といい、その通り名通り、不気味な底知れなさを湛えた男だ。本来、買い手の前に姿を見せないこの男のことを、フユトはよく知っている。少なくとも、こうして個人的な依頼をされるくらいにはフユトも気に入られていて、他よりは厚遇されているのだろうが、その理由も、待遇も、フユトにとってはいけ好かない。
壁の向こうの情報屋が喉で笑う。
「そう思うなら存分に踊れ」
情報屋の酷薄な、決して目だけが笑わない顔を思い浮かべて、フユトはぞくっと身震いした。
「
この男は情報屋の肩書きと通り名を持ちながら、ある大組織を率いてハウンドやハイエナといった裏稼業の人間を牛耳り、子飼いにしている。無慈悲で冷酷、他者に容赦せず残虐な男。そんな男に適性を見出されたから、フユトは兄と共にストリートから拾われ、今、ここに生きている訳だが、この男の仄暗く、底のない深淵に似た双眸だけは、いつ見ても胸をざわつかせて止まない。そしてきっと、この男は、そんなフユトの胸の内を見透かしている。
「──お前の個人的な依頼は受けないって言ったら?」
フユトは苦いものを潰すような顔で、奥歯を噛む。
「と言うと?」
情報屋は全て見透かしているくせに、知らない顔をするのだ。
この、夜よりも昏い混沌の闇のような気配の男には確かに、絶大な権力と、それを持つに値する壮絶な暴力がある。それに抱かれて守られる心地良さを知ってしまった、だから、
「シュントにまた会っただろ、二人で」
兄が自らの下を去って行きそうで、フユトは焦燥する。
「ちょっと面倒な仕事を頼まれて欲しい」
依頼者と顔を合わせないルールの彼は、指定した廃墟の壁越しに、
「一つは俺の個人的な依頼だが、同じ標的でもう一件、殺害依頼が来てる」
そう断って、まず、情報屋個人の依頼のあらましを話し始めた。
最近、ストリートを
情報屋直属
の組織のブローカーにまで被害が出た。こればかりは野放しにしておけないので、手っ取り早く始末を依頼したい。「……で、もう一つってのは?」
情報屋と壁越しに、背中合わせで対峙して、フユトが聞く。
「ある企業の会長だ、大事な顧客だから詳しい情報は渡せないが、裏は取れてる」
情報屋はそう前置きしてから、
「孫娘に変な男が目を付けている、本人が自称する肩書きを照会したが該当者がいない、大事になる前に
相応な対処
をお願いしたい、と言われてる」依頼の内容をざっくりと説明した。
「汚ェ言い方」
フユトが嘲笑うので、情報屋はそれには同意しつつ、
「財産と家柄が守れるなら、汚れ役に払う金は惜しまない人間だからな、それなりに吹っかけてある、俺の依頼に託けて、殺して構わない」
物騒に答えた。
「
フユトは眉を寄せ、路地裏に蟠る夜を睨み据えながら、
「踊らされてるみたいで気味が悪い」
率直な感情を吐き捨てる。
情報屋は通称を【蛇】といい、その通り名通り、不気味な底知れなさを湛えた男だ。本来、買い手の前に姿を見せないこの男のことを、フユトはよく知っている。少なくとも、こうして個人的な依頼をされるくらいにはフユトも気に入られていて、他よりは厚遇されているのだろうが、その理由も、待遇も、フユトにとってはいけ好かない。
壁の向こうの情報屋が喉で笑う。
「そう思うなら存分に踊れ」
情報屋の酷薄な、決して目だけが笑わない顔を思い浮かべて、フユトはぞくっと身震いした。
「
お前は俺の駒だからな
」この男は情報屋の肩書きと通り名を持ちながら、ある大組織を率いてハウンドやハイエナといった裏稼業の人間を牛耳り、子飼いにしている。無慈悲で冷酷、他者に容赦せず残虐な男。そんな男に適性を見出されたから、フユトは兄と共にストリートから拾われ、今、ここに生きている訳だが、この男の仄暗く、底のない深淵に似た双眸だけは、いつ見ても胸をざわつかせて止まない。そしてきっと、この男は、そんなフユトの胸の内を見透かしている。
「──お前の個人的な依頼は受けないって言ったら?」
フユトは苦いものを潰すような顔で、奥歯を噛む。
「と言うと?」
情報屋は全て見透かしているくせに、知らない顔をするのだ。
この、夜よりも昏い混沌の闇のような気配の男には確かに、絶大な権力と、それを持つに値する壮絶な暴力がある。それに抱かれて守られる心地良さを知ってしまった、だから、
「シュントにまた会っただろ、二人で」
兄が自らの下を去って行きそうで、フユトは焦燥する。
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