二章-1

文字数 1,442文字

 壮絶な地獄が始まる、と覚悟を決めていたルナは、淡々と家事をこなすだけの日々が続いて、拍子抜けしていた。何なら、双子の片割れ──フユトはルナと目を合わせることや、声を掛けることもなかったし、隻腕の兄──シュントも特に、何かにつけて文句を言うこともなかった。

 このまま、何事もなく、諾々と日々が過ぎていって、ルナはどうなるのだろう。もっと非人間的に、或いは家畜のように扱われると考えていたから、戸惑いが強い。これはこれで気楽ではあるものの、弁済の件が流れてしまうのは、責任がある身として心苦しい。

 そんなことを漠然と考えていた、ある日。

 その日、珍しく、シュントが昼過ぎに出て行った。夜までには戻る、と言い置いて。しかし、深夜を回ってもシュントは戻らず、従順に留まったルナが一人でやきもきしていると、一仕事終えたフユトが返り血と硝煙の匂いを纏って帰ってくる。

「シュントは……?」

 帰宅して早々、フユトは実兄の不在に気づく。そうなれば事情を聞かれるのは必然で、

「夜までには戻るって、言ってたんですけど……」

 剣呑で、均衡を失う寸前の危うい眼差しを受け、ルナはしどろもどろに答える。ルナが初めてフユトと会った、あの日の嫌な空気感に似ていて、喉の奥が狭まる。

「どこに行くって言ったんだよ」

 その問いに、ルナは首を振り、

「特に……」

 事実を答える他ない。

 フユトの気配が殺気立つ。ルナは俯く。

 ルナにはどうしようもないのだから、八つ当たりはしないで欲しい。思うものの、言葉には出来なかった。

「おい」

 キッチンで立ち竦んだまま、体を固くして備えるルナは、主寝室のドアの前に立ったままのフユトに低く呼ばれて、肩を震わせる。

「……はい」

 素直に答えたものの、胃の中身が今にも逆流して来そうで、溢れる唾液に酸味が混じる。皆まで言われなくとも、フユトが求めていることはわかった。だから怯えている。何をされても構わないと言ったのに。

「先にシャワーで流すから、一時間以内に来いよ」

 何を、と言わず、フユトが浴室に消える。ルナは震え始まった指をぎゅっと握って隠し、

「……はい……」

 無人の部屋で、掻き消えそうに呟いた。

 本当に、苦しい時間は終わるのだろうか。唐突に口を開けた地獄は、これまでのルナの平凡な日常を飲み込み、二度と元には戻らないのではないか。

 喉の粘膜を抉る、肉色の先端の感触を、嘔吐反射で締め上げ、粘つく唾液を分泌させながら、ルナは破滅を思い描く。溺れないよう、懸命に舌で唾液を纏わせ、窒息を避けて息を逃がし、歯が当たらないよう、積極的に受け入れてしまったほうが楽な、イラマチオ。

 街頭に立っていた頃は、ここまで乱暴に扱われることはなかったものの、客を惹き付けるテクニックとして、喉を性器替わりに使う方法は知っていた。フユトが加減せずに後ろ頭を押さえるだけで、腰を動かさないのが不幸中の幸いだと思った束の間、限界を超えて咽頭に迫る圧迫感で嘔吐(えず)く。

「……ぅ、え、」

 一瞬とはいえ、喉に深入りした肉塊が抜ける。ルナはソファの座面とフユトの膝に縋って酸素を取り込みながら、分泌された唾液を飲み込めず、口の端から垂れ流す。

 刹那、がつんとこめかみを殴られて、痛みと共に、視界に星が散る。

 フユトが激昂するとわかっていたのに、カウパー腺液混じりのそれを飲み込むことは、ルナにはどうしても出来なかった。眩むような痛みに目を閉じ、やり過ごすと、

「……すみません……」

 次の暴力に怯えた声が、か細く夜を震わせた。
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