二章-2

文字数 1,329文字

 フユトが実兄のシュントに、ある種の異様な執着を持っていることに、ルナは気づいていた。だから、これはシュントの不在に対する腹いせなのか、或いはただ血に酔って昂っただけなのか、判断がつかない。的確に首を絞められて犯される今は、そのどちらであっても、両方であっても、フユトが果てることだけを願う。

 頭が破裂しそうに膨張していく、錯覚。ルナの瞳が裏返り、脱力し始めるたび、力を緩めるタイミングが正確で、フユトがこの行為に馴れていることを知る。失神さえ許されない責め苦は拷問と同じで、ルナは前立腺を刺激する快感を得るどころか、次の苦痛を予測して怯えるばかりで、小振りの性器は縮んだままだ。

 身の丈に合わぬ幸せを求めた結果、ルナは、自分がこれまで、ぬるま湯に浸っていたことを思い知る。ルナの顧客共は確かに救いようがなかったけれど、それでも、中性的な容貌の少年を甘やかして籠絡する術には長けていた。そこに、微塵の嫌悪も潜ませぬよう。そんな連中を忌み嫌ったのはルナの身勝手だ。街頭に立つストリートチルドレンの仲間には、客に買われて二度と帰って来なかった多くの子どもも、廃墟に引きずり込まれて輪姦された挙句、妊娠して自殺した少女もいた中で、ルナは格別、恵まれていたのに。

 こんな現実と隣り合わせで、みんなが懸命に生き延びる中、ルナは何も知らなかった。知らずに生きて来られた。

 ソファの座面に四つん這いで押さえつけられ、腰だけを上げる形になって、ようやく、開発済みの直腸で微かな快感を得始めた頃、リビングに面した玄関の扉が開く音を聞いて、ルナは総毛立つ。

「啼けよ」

 後ろから最奥に捩じ込んで、上体を倒したフユトが、ルナの耳元で囁く。低く、欲に濡れた、獣の声で。

 耳朶を打ち、鼓膜を震わせ、重だるく腹の底に沈んでいくような刺激に括約筋が震えるのを、意識せずにはいられない。

 ルナは辛うじて首を振り、両手で必死に口を塞ぐ。

 こんな姿を見られたくない。同意がないとは言え、単なる兄弟の関係ではない片割れだからこそ、フユトに組み敷かれて無抵抗なルナの姿は、見られてはいけない。仮に、シュントがその程度で傷つかなくとも、見て見ぬふりで目を逸らされても。

「悦んでんじゃねーよ、淫乱」

 フユトの罵倒は潜められることなく、確かに玄関まで届いただろう。扉を閉めた気配が動きを止めるのを、何となく感じながら、

「ふ……ッ、」

 フユトのスパートに合わせて、ドライで達する自分が情けなくて、ルナの無言の悲鳴は、闇に溶けていく。

 そんなだから、翌日、寝不足を引きずるルナは、シュントの顔を正面から見られない。

「──邪魔して悪かったな」

 ぎこちないルナの態度に、シュントが言ったのは、昼下がりのことだった。主語がなくても、全身の毛穴が一斉に開いて汗を滲ませるような羞恥に囚われ、ルナはキッチンで背を向けたまま、コンロで沸騰を待つケトルを見つめる。心臓が跳ね過ぎて、胸が苦しい。

 沈黙するルナに、シュントはそれ以上、何も言わない。もっと揶揄するなり、罵るなりしてくれたらいいのに、シュントはきっと、何も思っていないのだ。あのあと、茫然とするルナをリビングのソファに残し、二人は同じ部屋で眠りに就いたのだから。
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