一章-2
文字数 1,379文字
「だから、どうしても、前みたいに上手く出来なくて……」
服の下に隠し持っているマチェテで、既に幾人か殺してしまったとは言えず、ルナは罪深い視線を逸らして伏せる。
「……気持ちは、わからなくないけど……」
青年も悲しげに答え、ルナの冷えた頬を撫でた。
「好きになったのは、お客さん……?」
青年の問いに、ルナはふるふると首を振る。悲しげだった青年は少し安堵したようで、
「なら、いいの」
今度はルナの黒髪を撫でた。
客と結ばれた娼婦や男娼が辿る末路の大半は、悲劇だ。有力者に愛人として囲われるケースなら、その全てが上手くいかない。何らかの理由で必ず捨てられ、行方知れずになってしまうと、青年は経験から知っている。
「あたしはあんたに幸せになって欲しい、それは本当よ、でも、このままじゃ、幸せになるための準備もできない」
俯くルナは、彼の言葉に答えられなかった。傍から見れば、破滅的な生き方をしている。でも、これ以外の道を選べない。ルナはもう、以前のように客を取れない。触れられたくない。ずっと秘めていた後ろ暗い思いを隠せない。
「──わかった」
ルナのか細い腕から指を放して、青年は頷く。
「少し休みが必要なのよ、うちにいらっしゃい、好きにしていいから」
その慮るような優しい眼差しに、ルナは視線を合わせることができなかった。
彼だって、似たような思いを抱えて、長年、ストリートで男娼をしていたはずだから、ルナの衝動というか、破滅願望について、理解できなくもないだろう。けれど、ルナは踏み越えてしまった。衝動や願望をそのままにしておいた青年と違い、一線を超えて実行してしまった。そこに、罪悪感など一切ない。
ルナは緩くかぶりを振って、
「僕はもう、いいんです」
どう取っても悲観的に答えた。青年の泣きそうな、縋るような顔を、ようやく正面から見て、綺麗に笑った。
「僕はもう──」
ルナが新規の客を取らなくなって、二ヶ月ばかり。長い冬の入り口。ストリートに不穏な噂が流れ始めた。
「ハウンド……?」
窶れ始めたルナが聞き返すと、男娼仲間の少年が、深刻な顔をして頷く。
「前に、この辺りでボクらと娼婦を買ってた、双子の片割れだよ」
少年は声を潜めて告げると、ルナの右手を取り、きつく握った。
そのハウンドの話なら、聞いたことがある。
ルナや少年と同じく、ストリート出身の双子で、ある組織に飼われる腕利きの殺し屋。組織の仕事だけでなく、男娼や娼婦から個人的に、仕事を破格で請け負うこともある、ハウンドの中では人情派。しかしながら、寡黙で穏やかな兄と違って、弟は狂気を孕むほど暴力的で、従わない者には容赦ないと有名だ。
「あの弟の方が、ルナのことを嗅ぎ回ってる」
思わず、肩が震えそうになって、ルナは堪えた。客を殺すことに躊躇いはなかったものの、いざ、自分が
「ねぇ、ルナ、」
少年は薄い眉をしかめて、
「危ないことしてないよね、最近は様子が変だから心配してるし、もし調子が良くないなら、また前みたいに助け合いたいと思ってるよ」
縋るように言った。
客が取れない日が続き、食事に困った際、この少年とルナは、ストリートでは珍しく、互いに助け合って生きてきた。競合のため、付かず離れずの少年少女が多い中、二人は友人として行動することも多かった。
服の下に隠し持っているマチェテで、既に幾人か殺してしまったとは言えず、ルナは罪深い視線を逸らして伏せる。
「……気持ちは、わからなくないけど……」
青年も悲しげに答え、ルナの冷えた頬を撫でた。
「好きになったのは、お客さん……?」
青年の問いに、ルナはふるふると首を振る。悲しげだった青年は少し安堵したようで、
「なら、いいの」
今度はルナの黒髪を撫でた。
客と結ばれた娼婦や男娼が辿る末路の大半は、悲劇だ。有力者に愛人として囲われるケースなら、その全てが上手くいかない。何らかの理由で必ず捨てられ、行方知れずになってしまうと、青年は経験から知っている。
「あたしはあんたに幸せになって欲しい、それは本当よ、でも、このままじゃ、幸せになるための準備もできない」
俯くルナは、彼の言葉に答えられなかった。傍から見れば、破滅的な生き方をしている。でも、これ以外の道を選べない。ルナはもう、以前のように客を取れない。触れられたくない。ずっと秘めていた後ろ暗い思いを隠せない。
「──わかった」
ルナのか細い腕から指を放して、青年は頷く。
「少し休みが必要なのよ、うちにいらっしゃい、好きにしていいから」
その慮るような優しい眼差しに、ルナは視線を合わせることができなかった。
彼だって、似たような思いを抱えて、長年、ストリートで男娼をしていたはずだから、ルナの衝動というか、破滅願望について、理解できなくもないだろう。けれど、ルナは踏み越えてしまった。衝動や願望をそのままにしておいた青年と違い、一線を超えて実行してしまった。そこに、罪悪感など一切ない。
ルナは緩くかぶりを振って、
「僕はもう、いいんです」
どう取っても悲観的に答えた。青年の泣きそうな、縋るような顔を、ようやく正面から見て、綺麗に笑った。
「僕はもう──」
ルナが新規の客を取らなくなって、二ヶ月ばかり。長い冬の入り口。ストリートに不穏な噂が流れ始めた。
「ハウンド……?」
窶れ始めたルナが聞き返すと、男娼仲間の少年が、深刻な顔をして頷く。
「前に、この辺りでボクらと娼婦を買ってた、双子の片割れだよ」
少年は声を潜めて告げると、ルナの右手を取り、きつく握った。
そのハウンドの話なら、聞いたことがある。
ルナや少年と同じく、ストリート出身の双子で、ある組織に飼われる腕利きの殺し屋。組織の仕事だけでなく、男娼や娼婦から個人的に、仕事を破格で請け負うこともある、ハウンドの中では人情派。しかしながら、寡黙で穏やかな兄と違って、弟は狂気を孕むほど暴力的で、従わない者には容赦ないと有名だ。
「あの弟の方が、ルナのことを嗅ぎ回ってる」
思わず、肩が震えそうになって、ルナは堪えた。客を殺すことに躊躇いはなかったものの、いざ、自分が
そちら
の立場に回ったことを知ると、体の奥が芯から凍る。「ねぇ、ルナ、」
少年は薄い眉をしかめて、
「危ないことしてないよね、最近は様子が変だから心配してるし、もし調子が良くないなら、また前みたいに助け合いたいと思ってるよ」
縋るように言った。
客が取れない日が続き、食事に困った際、この少年とルナは、ストリートでは珍しく、互いに助け合って生きてきた。競合のため、付かず離れずの少年少女が多い中、二人は友人として行動することも多かった。
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