三章-2

文字数 1,532文字

「なるほど、」

 情報屋はやはり、余裕を含んだ声で、

「仲間外れが気に入らないか、子供だな」

 嗤う。

「あいつにもう二度と会わないって言え」

「俺からは何も言っていないんだが」

「だとしても会うな」

「お前のそれは呪縛だな」

 ざり、と砂が鳴った。自らの足元を見据えていたフユトが顔を上げると、廃墟の壁越しに背中合わせだったはずの情報屋が、不吉な墨色の蛇を腕に纏って並び立ち、

「貴様はあれを壊したいのか、殺したいのか、どっちだ」

 奈落の底のような瞳を向けて、真顔で問うた。

「……どっちでもねェよ」

 目を逸らして、フユトは呟くように答える。寄りかかっていた壁から背を浮かせると、

「あれは



 立ち去ろうとするフユトに、情報屋の牽制が飛ぶ。

 言われなくても、何を責められているか、フユトは理解していた。つい先日も、気づいたときには兄の首を絞めていた。

 ずっとそうだ。子どもの頃からそうだった。フユトは何かにずっと怯えていて、ふとした拍子に箍が外れる。制御を失った暴力が向かう先が依頼の対象者だけであれば問題はないのに、そこには、大事に思っているはずの兄もいる。いつか殺してしまいそうだと思いながらも、距離を置くことが出来ない。

 本当は殺してしまいたいのかも知れない。そんなフユトの本音を知っているから、兄は情報屋に、当て付けの如く会い続けるのかも知れない。



「また面倒だな」

 自宅に戻ったフユトは、同じ寝室の同じベッドで横になる兄のシュントに、情報屋に釘を刺されたことは省き、二重の依頼を掻い摘んで話した。その答えはフユトが抱いた感想と同じで、ほっとする。

「受けたのか」

 案じる瞳を受けて、フユトは首を振り、

「あの【蛇】の個人的な依頼なんか一度でも受けてみろよ、汚れ役でタダ働きさせられる」

 嘆息交じりに答えると、シュントが困ったように笑う。

「それは一理ある」

 フユトが情報屋を嫌悪し、目の敵にしていることは、シュントもよく知っていた。その理由に気づきながら、見ないふりをしている。

「きっと全部、あいつの計算のうちなんだ、何させられるかわかったもんじゃない」

 あの抜け目のない情報屋のことだから。フユトの直感は正しい。シュントは少し感心しながら、僅かばかり目を伏せ、

「ただ、もう実害は出てるんだろう、お前じゃなくても、他の誰かに振るんじゃないのか」

 

、淡々と尋ねる。

「あいつだってまだ現場に出るだろ、依頼だなんて他に振らないで、自分でやりゃいいんだ」

 拗ねるフユトは、シュントの顔など見ていなかった。瓜二つの横顔に、後ろ暗い感情が過ぎって消えたことなど、知る由もない。

「……そうだな」

 少し間を置いたシュントの相槌に、フユトはふと兄を振り向き、

「お前はどうしても、俺に話を受けさせたいんだな」

 虚ろな目をして、シュントの左手の上から右手を絡め、唇が触れ合う距離に迫る。

「フユ、」

「あいつが好きだもんな、あいつの肩持つよな、俺の話なんか聞く気ねーもんな」

 弟の名前を呼びかけて、シュントの瞳が傷ついたように揺らいだ。きっとまた、失った右手で制しようとして、前のようには出来ないことを思い出したのだろう。そんなシュントを檻に閉じ込めるように、顔の両脇に手を突いたフユトは、そっと、互いの額を合わせる。どす黒く煮凝ったドロドロの情念を瞳の奥に燻らせて、

「何処にも行くな──」

 縋るように乞うから、シュントはその肩に、背に、片腕を回して抱き寄せる。

 後日、フユトは情報屋に、依頼を受ける旨の電信を打った。交換条件を振っておきながら、変わり身が早いことに呆れられるだろうと思いながらも、シュントに説得されてしまっては仕方がない。
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