三章-7

文字数 1,374文字

「問わない」

 遠回しな殺害依頼に、フユトは背筋を震わせて歓喜する。持て余す力を存分に振るえと許可される瞬間、恍惚すら覚える。

 だから、フユトはこの道に向いているのだ。邪魔するものは全て薙ぎ払い、蹂躙し、骸の山を作って頂きに坐すことで、ようやく、生きている実感を得られる。そしてこれが恐らく、フユトが何かを守れる唯一の手段。

 件の男娼は、スラムに程近い廃墟群の浅瀬、客を引く立ちんぼが多いエリアにいた。

 遠目から本人を確認して、なるほど、と思った。中性的な容貌で、ストリート育ちの子ども特有の体の薄さと、本人が意図せず醸す色気が相俟って、特定の層に気に入られるのも頷ける。男娼としては生きるのに困らないタイプだが、情報として聞きかじった限りだと、既に精神的に限界を迎えている。

 ぱっと見は怖がられるフユトの袖を、それでも勇気を出して引いた少女がいた。顔にも手足にも赤い発疹が出ていて、一目で難ありとわかる、まだ十二歳ほどの少女だった。

 廃墟群の生活は過酷だ。少し間違えば死んでしまう。中には助け合って生きている子どもたちもいるものの、大半は、自分が生き残ることしか考えていないから、体が、臓器が、売れなければ生きていけない。スラムで盗みを働いても殺される。

 双子でどうにか生き延びてきたフユトは少女に同情しつつ、しかし、買ってやることはしなかった。たった一晩、雨風を凌げて固いベッドで眠れても、たった一晩の安息だ。彼女を冒す病は治療しない限り治らないし、いずれ野垂れ死んでしまうだろう。ある朝、彼女は鴉に眼球をつつかれているに違いない。容易に見えてしまう未来に、希望など持たせる方が残酷だ。

 知らなければ生きていけたのに、知ってしまったら後戻り出来なくなることがある。廃墟群の子どもたちの目は、希望も絶望も知らないから、真っ直ぐに今だけを見ていられる。

「あの子、気になりますか?」

 別の日。フユトは日課のように廃墟群へと足を向け、件の男娼のほど近くで、別の少年に声を掛けられた。深い意味はないだろうが、内心は思わず構えてしまう。

「おにいさんですよね、あの子のこと嗅ぎ回ってるの」

 やはり来たか、と思った。

 生きるのに困らない子どもの周りには、必然的に、味方面をした(たか)りが出てくる。この少年もその一人だろう。

「嗅ぎ回る……っていうか、前からちょっと気になってて」

 フユトは表情を作って、当たり障りなく返した。

 少年はしたり顔で、

「おにいさん、ハウンドでしょう」

 フユトに返す。

「有名人なの知らないんですね、

出身のハウンドがいるって、兄さん姐さんはみんな、顔も知ってます」

 少年は完璧に作った笑顔を、悪巧みする狡猾な表情に変えて、

「値段によっては、全部話しますよ」

 唆す。

 ストリートの人間関係はこんなものだ。裏切るも裏切らないもない。

 視線を感じて、フユトはそちらを、気づかれないように見やる。別の(たか)りの少年が、こちらをちらちらと気にしながら、件の男娼と何やら話し込んでいる。

 フユトは意味深に口角だけを上げ、

「いらねーよ」

 捕食者の笑みで少年を見下ろす。余裕だった少年の表情が、さっと蒼白に変わった。殺意がダダ漏れなのは自覚している。それでいい、とフユトは思う。

が丁寧に密告したみたいだからな、あれがこっちを認識すれば、それで充分だ」

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