エピローグ-2

文字数 1,253文字

 だから、これでいい。シュントの選ぶ結末は、この道以外にない。

 押し黙ったまま、立ち尽くすシュントを見つめる弟に、

「終わりにしよう」

 目を合わせることが出来ないまま、言った。

「……は?」

 愕然とするフユトの声が、震えていた。

「もう疲れたんだ、何もかも、お前から責められるのも、自分を責めるのも、手に入らないものを追い続けるのも」

「待てよ、俺はお前を責めてなんか──」

 言い募るシュントに反論しようとして、フユトは口を噤んだ。先程までは決して合わなかったシュントの目が、見たこともない激情の色を湛えて、フユトを見据えている。

 凄まじい憎悪に、何も言えない。

「俺のせいじゃなかったと言ったことが、今までのお前にあったか……?」

 違う、と言いたくて口を開きかける。そんなフユトをシュントは目線で制したまま、

「俺は俺を許すつもりはない、それでもこれはこれだ、お前も俺を許さないだろうが」

 冷たく鋭利な言葉で、刺し貫く。

 いつも落ち着いて構えるシュントと違って、フユトの気は短い。衝動にも弱い。だから理不尽な目に遭わせてしまうこともある。けれど、フユトが弱いのはフユト自身の問題で、シュントに責任を取れと言った覚えはない。

「違う、」

 どうにか言葉を紡いで、辛うじて首を振るフユトに、

「お前は昔から、いつだってそうだ、身勝手で、弱くて、逃げてばかりで、庇ってやらなきゃ何も出来ない、ただのグズだ!」

 シュントの怒号は、慟哭の如く響く。

 息を荒らげるシュントに、

「──そうだよ、」

 傷ついた声で、フユトが答える。

「だからずっと言ってた、我慢させてばかりでごめんなって、つらい思いばかりさせてごめんなって、俺が替わってやりたいって」

 フユトは瞳を悲しげに揺らして、深く俯き、

「聞かなかったのはお前の勝手じゃねーか」

 シュントに劣らず、憎悪を孕んで吐き捨てる。

 茶番だ、とフユトは思う。互いが互いを思うあまり、深く傷つけ合って壊し合う、そんなことがあるだろうか。シュントもフユトも身勝手で、思いやるフリをして互いの首を絞め、互いの絶命だけを望んでいる。直情型で衝動優先のフユトも確かに酷いが、優しさの仮面を剥いだシュントも醜い。自分を守るためだけに演じる優しさなど、惨いだけであるのに。

 シュントと違って、ある程度で止まれないフユトは、体の奥の柔らかい部分を、無数の針で貫かれるような痛みに堪えて、

「好きにすればいいだろ、俺が邪魔なら消えろよ、あいつに頼んで何処にでも行っちまえ」

 強がるように訣別を告げ、部屋を出た。

 生まれてこの方、兄弟で激しい喧嘩をしたのは、これが初めてかも知れない。シュントはいつだって怒りを飲み込んで、フユトの理不尽に文句も言わず付き合ってくれたから、喧嘩に発展することもなかった。

 シュントが街を出たのは、兄弟喧嘩の半月後だった。かねてからの体調不良に静養が必要なこともあり、環境のいいところへ行くのだと言う。

 場所は聞かなかった。連絡するつもりもなかったから、新しい端末の連絡先も聞かなかった。
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