三章-8

文字数 1,137文字

 遠目ながら、実物を最初に見たときに、フユトは察した。

。希望と絶望を同時に知りながら、それでも終わりを選択できず、生きていかなければならない、憐れな存在。

。殺してしまいたいくらい愛しくて、殺してしまいたいくらい憎い、兄の面影が重なる。同時に、あの目の奥に飼われた獣の気配は、自分にも重なる。

 牽制を兼ねた種は蒔いた。あとは動くのを待って叩くのみ。

 それから程なく、男娼は動いた。目をつけられていると知りながら、動いてしまった。

 フユトも衝動を持て余すタイプだから、よくわかる。人殺しは病と一緒だ。一人を弾みで殺してしまったら、制御は効かない。意外と簡単なのだと、罪悪感も湧かないのだと知ってしまった人間は、歯止めを喪う。

 男娼が中年の男に声を掛けられるのを待って、フユトは二人を尾行した。雰囲気から常連の客ではないようだ。

 途中、男の顔を隠し撮りして、情報屋に電信を入れる。程なく、

が下りた。どうせ生きていても仕様のない人間だから始末は任せて、その後はどのようにしてもいい、と。

 二人が入ったのは、フユトもよく知るシティホテルだった。幸いにして情報屋の持ち物でもあったから、あれこれ考える手間が省けた。

 顔見知りのフロントに仕事だと告げた。フロントマンは動揺を一切見せず、普段は絶対に他人には教えない個人情報を開示し、マスターキーを持って部屋まで同行する旨を申し出た。【蛇】の指示だという。ぼやけた顔写真を見ただけで、表の商売の顧客だと判断がついたのなら、その手回しの良さには怖気がする。そして、許可が下りた理由に納得する。

 二人が入ったであろう、シティホテル五階のスイートルームに案内されて、フユトはまず、ドアを蹴りつけた。内部の動きはそれで牽制し、フロントマンがマスターキーで鍵を開けるのを待って、ドアを開ける。目に付いた内装は上品なシティホテルに似合わず、全て悪趣味で吐き気がした。照明を限界まで絞った部屋の中でも、内臓と血液が放つ特有の臭いで、何が起こったのか目にするまでもない。

 血まみれの男娼がいた。全て、被害者の返り血だ。恐慌に陥った襲撃を簡単にいなされて拘束を受け、全てを失った虚ろな表情でフユトを見上げるから、彼は、壊してしまいたいと思った。長い夜の果てに見てきた、一晩ぶりに再会する兄の顔と同じだった。

 大事なものを全て差し出しさなければ生きてこられなかった、差し出した挙句に蹂躙されて空っぽになった、無力で愚かな少年を暴いた。昂奮で赤く染まる視界の中、その細い体が組み敷かれて震えるのを見て、陶酔した。内臓ごと突き破ってしまいたくなる。喉を握り潰して窒息させたくなる。

 ──本当は、誰かに殺して欲しいのは、自分なのに。






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