二章-3
文字数 1,258文字
「……ごめんなさい……」
どうにか絞り出したルナの謝罪に、
「どうして謝る」
シュントが尋ねる。
「……だって……」
二人が特別な関係なのは知っているから、とは、言えなかった。
尻切れに消えたルナの言葉に、シュントは鼻で笑って、
「助かる、と言っただろうが」
うち沈むルナの背中を嘲るのだ。
「でも、」
咄嗟に振り向いてしまったルナは、シュントが思いがけず、優しい顔をしていることに気づく。
「正直、疲れたんだ、俺も」
言って、シュントが目を伏せながら、
「フユトを壊したのは俺なのに、俺には重すぎた」
自嘲する。
ケトルが甲高く鳴り始め、沸騰を知らせる。
ルナは何も言えなかった。二人の過去など知らないし、聞くつもりもないが、シュントのやけに悲しげな双眸は、言葉や表情と裏腹に自分だけを責め続けるから、何を言うことも無意味だと理解する。誰にも託せない痛みを、この人はどれだけ抱えて、どこまで持っていくのかと思う。
ルナはそっと、コンロの火を止めた。
「
そう呟く、シュントを振り向けなかった。
逃げ出してしまえばいいのに、枷など付けられていないのに、ルナは動けずにいる。逃げたところで追われるのはわかっていたし、フユトの機嫌さえ損ねなければ、住まいを保障された日常は平穏だ。
双子が住む中古のマンションは、リビングダイニングと主寝室の他に、もう一つ部屋があるのだが、フユトに当て馬のように扱われて以降、ルナが寝起きするのはリビングのソファになった。ほとんど家具がない別室で寝起きすることも出来たけれど、閉じたドアを向こうから開けられるのが怖くて、眠れなくなってしまう。
あの夜から一ヶ月ばかりは、また何もない日々が続いた。フユトが血塗れで帰宅することも、シュントが理由を告げずに外出することもなかった。
その気になれば逃げられる状況で、律儀に留まり続けるルナは、少年を軟禁する相手であるシュントと、少しだけ、話をするようになった。ルナに対しては常に仏頂面で剣呑なフユトと違い、シュントは無愛想ではあるものの、細かなことを気にかけてくれるから、気を許すことに抵抗などなかった。
「好きな人がいるんです」
ある日の午後、シュントに珈琲を淹れたついでにホットミルクを拵えて、ルナがぽつりと告白する。
穏やかな天気で、ベランダに面するリビングは、レースカーテン越しに白い日差しに満たされている。ダイニングテーブルで向かいに座り、ルナとシュントがティータイムを過ごすのは、もはや日課になりつつある。
「シュントさんは気づいてるでしょう」
残された左手でカップを傾けて珈琲に口をつけながら、目を伏せたまま話すルナを見たシュントは、
「それ以外に体を売れない理由がないからな」
苦い漆黒を飲み下して、無感動に答える。
ルナは一つ、頷いて、
「その人は突然、僕の前から居なくなってしまって。前に住んでいたところにもずっと帰らなくて。何かあったんだとは思うけど、待ち続けるのはつらいから、探してみたいんです」
縋るようにシュントを見た。
どうにか絞り出したルナの謝罪に、
「どうして謝る」
シュントが尋ねる。
「……だって……」
二人が特別な関係なのは知っているから、とは、言えなかった。
尻切れに消えたルナの言葉に、シュントは鼻で笑って、
「助かる、と言っただろうが」
うち沈むルナの背中を嘲るのだ。
「でも、」
咄嗟に振り向いてしまったルナは、シュントが思いがけず、優しい顔をしていることに気づく。
「正直、疲れたんだ、俺も」
言って、シュントが目を伏せながら、
「フユトを壊したのは俺なのに、俺には重すぎた」
自嘲する。
ケトルが甲高く鳴り始め、沸騰を知らせる。
ルナは何も言えなかった。二人の過去など知らないし、聞くつもりもないが、シュントのやけに悲しげな双眸は、言葉や表情と裏腹に自分だけを責め続けるから、何を言うことも無意味だと理解する。誰にも託せない痛みを、この人はどれだけ抱えて、どこまで持っていくのかと思う。
ルナはそっと、コンロの火を止めた。
「
巻き込んで悪いな
」そう呟く、シュントを振り向けなかった。
逃げ出してしまえばいいのに、枷など付けられていないのに、ルナは動けずにいる。逃げたところで追われるのはわかっていたし、フユトの機嫌さえ損ねなければ、住まいを保障された日常は平穏だ。
双子が住む中古のマンションは、リビングダイニングと主寝室の他に、もう一つ部屋があるのだが、フユトに当て馬のように扱われて以降、ルナが寝起きするのはリビングのソファになった。ほとんど家具がない別室で寝起きすることも出来たけれど、閉じたドアを向こうから開けられるのが怖くて、眠れなくなってしまう。
あの夜から一ヶ月ばかりは、また何もない日々が続いた。フユトが血塗れで帰宅することも、シュントが理由を告げずに外出することもなかった。
その気になれば逃げられる状況で、律儀に留まり続けるルナは、少年を軟禁する相手であるシュントと、少しだけ、話をするようになった。ルナに対しては常に仏頂面で剣呑なフユトと違い、シュントは無愛想ではあるものの、細かなことを気にかけてくれるから、気を許すことに抵抗などなかった。
「好きな人がいるんです」
ある日の午後、シュントに珈琲を淹れたついでにホットミルクを拵えて、ルナがぽつりと告白する。
穏やかな天気で、ベランダに面するリビングは、レースカーテン越しに白い日差しに満たされている。ダイニングテーブルで向かいに座り、ルナとシュントがティータイムを過ごすのは、もはや日課になりつつある。
「シュントさんは気づいてるでしょう」
残された左手でカップを傾けて珈琲に口をつけながら、目を伏せたまま話すルナを見たシュントは、
「それ以外に体を売れない理由がないからな」
苦い漆黒を飲み下して、無感動に答える。
ルナは一つ、頷いて、
「その人は突然、僕の前から居なくなってしまって。前に住んでいたところにもずっと帰らなくて。何かあったんだとは思うけど、待ち続けるのはつらいから、探してみたいんです」
縋るようにシュントを見た。
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