一章-4

文字数 1,504文字

 連れていかれたのは、白い壁が瀟洒なシティホテルの一室だった。男の話では、そこの経営者と懇意にしているから、一室をまるごと買い上げるような形で、特別に空けてもらい、内装も満足いくように手を加えたらしい。

 なるほど、確かにそこは、奴隷を責め抜くに相応しく改造されていた。柔らかなベッドが場違いなほど、壁に設置された磔台や拘束具、麻縄や鞭のコレクションが、仄暗いインテリアとして飾られている。ルナの無垢な体も、これから堕落した性奴になるよう、徹底的に教育されるのだ。

 これだから、殺してやりたい、と思ってしまう。

 果たして、ルナに拘束の類はされなかった。男は自らの弛む体に縄を通し、手馴れた様子で亀甲に縛り上げると、手枷足枷で自由を戒め、口元のみが開いた全頭マスクを被り、四つん這いになって、ルナに被虐を乞うた。

 一見、尊大で高慢そうな男ではあったから、それはそれで意外だったものの、だからと言ってルナの殺意や嫌悪はなくならない。

 積極的に自らで孔に嵌めたプラグをルナが踏みつけると、男は豚のように鳴いて悦び、汚い臀を震わせる。自慰のし過ぎで歪んでしまった短小な性器からカウパー腺液をしとどに垂らして、強請るように腰を揺すっている。

 だから、という訳ではなかったが、ルナには躊躇など、微塵もなかった。

 ルナに女物を着せて悦ぶ男共も、終ぞ好きにはなれなかったものの、己の無様な姿の妄想で昂奮するしか愉しみがない男にも、共感はできない。どちらも薄汚い大人で、男である点は同じだ。

 無防備な男の背中に向けて、ルナは遠慮なく、執拗に、隠し持っていたマチェテを振るった。手入れなどしていないから、切れ味が落ち、背中を抉るたび、男が体を引き攣らせて呻く。視界を自分で塞いだ男は、殺人行為ですら、攻め手の一つだと解釈するのだろうか。殺されようとしている危機感など持たず、屠殺間際の豚のように喚いて、醜い短小の先端から白濁を弾くのだろうか。

 六つ、七つと切り傷をつけるにつれ、男も異変に気づいたようだ。ルナが振るうそれが戯れなどではないとわかると、悦びに震えていた体をわななかせながら、逃げようとして這いずる。その肩を足蹴にして、ルナは赤く斑になった刃を、肉に埋もれた項を目掛けて振り下ろす。

 ばっ、と、鮮血が飛び散った。動脈を抉られた男が血泡を噴きながら痙攣する。床に、壁に、縦横無尽に飛び散ってルナの顔や服を汚した錆の匂いと、失禁によるアンモニアが仄暗い空間を満たす。嫌悪と侮蔑で綺麗な顔を歪めたルナは、首を引き裂いた刃物の狙いを変え、男の弛んだ背中に切っ先を向けた。

 ガン、と、金属製の扉を蹴りつけたような音がして、ルナは咄嗟に振り向く。シティホテルのスイートに相当する部屋への訪問者にしては、かなり不穏だ。

 二、三度、ドアを蹴りつける音が続いて、不意にやむ。ルナは男の死体から離れ、マチェテを握りしめながら、ドアの様子を窺った。気が立っていて、今なら誰であろうと殺してしまえる気がした。

 かちり。内から閉めているはずの鍵が開く。ホテルマンでもない限り、マスターキーは持たないはずだ。防音が徹底した室内の異変など、誰も気にしないはずだった。特にこの男の特殊な性癖であれば、家畜のように啼き叫んだ果てのクレームだとして、フロントが上手くかわすだろう。

 ドアが内側に開く。廊下の照明が暗い床を照らす。考える余地も、迷う必要もなかった。ルナが咄嗟に駆け出して構えたマチェテを、その手は簡単に封じる。

「あーあー、派手にやってくれちゃって」

 刃物を持つルナの手首を取り、護身術の要領で背中に捻り上げながら、その人は軽い調子で呟いた。
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