一章-8

文字数 550文字

 残されたどれを選んでも、幸せを忘れることだけは選べないルナの日々は、闇の底と同じだ。

「だったら、さっさと死ねば良かった」

 薄情な言葉に、けれど、ルナはその通りだと思う。つらくて苦しいだけの日々なら、幸せだけを忘れたくないなら、マチェテで喉を掻き切るなり、どこぞの廃墟から飛び降りるなり、してしまえば良かったのに、後に待ち受ける痛みを想像してしまうから、ルナは真実、狂えていなかった。それに、もしも、万が一、あの人が帰ってくることがあったなら、以前のように出迎えてやれないと、正当化した逃げ道さえ作った。

「──……僕が死ねるまで、」

 泣きじゃくりながら、ルナは辛うじて言葉を繋ぎ、

「……死ねるまで、何でもします、お二人になら何をされてもいいです、だから……」

 過呼吸気味の息遣いで、どうにか伝えた。

「これだけの損失を出した上に俺たちを利用するなぞ何様のつもりだ、と言ってやりたいが」

 男の言葉は、途中から気勢を削がれたように落ち着き、

「お前がいることで



 意味深に呟くと、

「話は成立だな、アレには上手く伝えておく」

 椅子から立ち上がり、テーブルを回ると、ルナを背もたれごと、背後から抱きしめる。

「──本当に、死ぬほうがマシだと思えるだろうさ」

 男の独白は、けだし、ルナの耳には届かなかった。












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