第15話

文字数 1,624文字

 三日後、
「昼飯を食おう」
 というメッセージに、私は嫌な予感がした。そもそも、朝永からの誘いに乗って、ろくなことなどない。私との友好を深めようなんて気持ちは彼にはさらさらないのだから、何か厄介な用があるに違いない。
 いつも通りの時間帯に食堂に向かい、適当に料理をとって会計を済ませる。奥の方の四人掛けの机に、朝永は難しそうな顔をして座っていた。
「今日は加世氏はいないのか」
「……あぁ、呼んでいない」
 今日は金曜日ではないし、どうやら加世氏抜きでしたい話のようだった。
 我々は食事を始める。
「で、用件はなんだ?」
 前回みたいにじらされたくない私は、早々に話を切り出す。
「……」
 朝永はゴボウサラダを食べる。丁寧にゴボウの向きをそろえてから食べる癖は健在だった。
「おい、今日はサークルの例会が十五時からあるから、食ったらでるぞ」
 私も焼き魚に箸を入れ始めた。カウントダウンを始めることで、朝永への圧力をかける。観念したのか、ゴボウをゆっくりと飲み込むと口を開いた。
「……クリスマスに誘われた」
「誰に、どっちの状態でだ?」
 “どっちの状態で?”なんて初めて聞いたぞ、と思わず眉をひそめる。
「彼女に……浅井の状態で」
「……ほう」
 どうやら嫌な予感がしていたのは当たっていたようだった。
「……昨日、メールが来た。『よろしければお会いしませんか』、と」
「朝永の状態ではクリスマスは会わないのか?」
「二十四日に会う予定だ。二十五日は、彼女は大学の友人とクリスマスパーティをするかもしれないといってから、元々会うつもりがなかった」
「大学の友人とパーティって……」
 それがどう回り廻ったら浅井と二人で会うことになるんだ、と私はため息をつく。
「嘘をついてでも、彼女は浅井と会いたかったということか?」
 私の言葉に、朝永はビクリと一瞬固まる。
「いや、まぁ、急に女友達との用事がなくなったからっていう可能性もあるか! なっ、もうクリスマスも来週なわけだし」
 私は慌ててフォローを入れた。朝永は無言で元通り箸を動かす。
 ――……あぁ、豚汁が痛む胃に染みる。
 私はため息をついた。
「……で、行くんだろう?」
「……あぁ」
 加世氏の方から連絡が来たのだ。この絶好の機会を逃すわけはないだろう。
「で、場所は?」
「……烏丸」
「……成程」
 先日のつばくろさんの話から、加世氏は行き先を思いついたらしい。
「大丈夫なのか? 烏丸にはつばくろさんもいくのだろう?」
 出くわすことだって十分あり得るのだ。
「……かといって行き先だけをわざわざ変えるというのも不自然だろう。……つばくろさんもバーで飲むっていうんなら外で出くわす可能性は低い」
 ただ、注意は必要だと、朝永は渋い表情をする。
 私はふと、思いついたことがあった。
「烏丸か……」
「……どうした」
「……私も行ってもいいか?」
 朝永は一瞬眉をひそめた。
「構わないが、邪魔だけは……」
「分かっている、私も用があるから、傍から見るだけだ」
 そう、あくまで私は“傍観者”なのだ。傍観者たる矜持はしっかりと持ち合わせているつもりである。
「ならいいが……お前の用ってなんだよ?」
 私は思わず目をそらした。
「あー……ちょっと、買うものがあってな」
「……はぁ、そうか」
 私に興味などない朝永は特にこれ以上の追及はしなかった。


 その晩、急いで帰宅すると真っ先に菓子箱を覗き込んだ。優雅に毛づくろいをしているケサラさんに向かって、
「外へ! 出かけよう!」
 と叫ぶ。
 ギョッとした彼女は「えっ、いま!?」と、身体を震わせた。
 うむ、何だか面白そうになってきた。折角の傍観者という立場なのだ。もっと有効に使うべきだったのだと、私は自分の考えに自分で賛美した。
「ふっふっふっ!」と不敵な笑みを浮かべる私をケサラさんは不思議そうに眺めていた。
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