第14話

文字数 2,787文字

 季節の移ろいは、私が意識をするまでもなく目に飛び込んでくる。大学のシンボルとなっている大きなクスノキには、誰が飾ったのかわからない華美なモールが吊り下がっており、町を歩くと大勢のサンタに出くわす。テレビのコマーシャルはクリスマスソングがBGMとして使われ、やたらと鶏肉を推している。
 しゃらくにおいてもそれは同じことであった。
 朝永と加世氏とともに二階の座敷に上がると、いつもは見かけない、二十人くらいの団体が、机を埋めていた。
「忘年会シーズンだからね。季節問わず来ている私たちのほうが、本来は珍しいんだよ」
 つばくろさんはいつも通り奥で一人飲んでいた。私たちを見て、ひらりと手を上げる。
 そういうつばくろさんの着物も、黒地に真っ赤な南天があしらわれていた。
「櫻井君は、季節感のあるものが嫌いなのかい?」
 私の指摘に、つばくろさんは面白そうに尋ねた。
 熱燗で、四人は静かに乾杯をする。
「嫌いといいますか……、『春だから』とか、『年末だから』とかいう理由で浮かれるのが苦手なだけです」
「騒ぐのにももっと理由がほしい、と?」
「……そんな大仰なものでもありませんが、季節やイベントとの抱き合わせ商法に乗っかるのがなんだか癪なんですよ」
 鶏肉はいつ食べても美味い。なのにこの時期になるとやたら食べなくてはいけないかのように周りからかきたてられるのが、どうも落ち着かないのだ。
 古風な櫻井君らしいな、とつばくろさんは微笑んだ。
「つばくろさんこそ、そういったものに抵抗がないのは少し以外です」
「そうかい? 季節を謳歌することこそ、私は日本古来の性分だと思っているよ。ハローウィンだのクリスマスだのとはしゃぐのは合わないにしても、この季節にしか味わえないものを楽しむのは悪くない」
 そういって、寒ブリの刺身に舌鼓を打つ。おいしそうに食べる様子に触発されたのか、加世氏も箸をのばし、「んーっ!」と、幸せそうな表情をしていた。 
「……つばくろさんは、クリスマスイブもここにおられるんですか?」
 今年のクリスマスイブは金曜日であった。いつもの習慣通りしゃらくで飲み明かすのも悪くないと、ここまでの道すがら三人で話していたのだ。
「いや? 私は烏丸の方へ少々用事があってね」
「デートですかっ?」
 加世氏が目をキラキラさせながら訊ねた。つばくろさんのそういった話を聞くことはあまりないから、話を掘り下げようと必死である。
 つばくろさんは加世氏の表情に、面白そうに微笑む。
「いや、知り合いがやってるバーがあってね。そこで二十四・五日に昔馴染みと飲もうかって話になっているんだよ」
「なんだぁ」
 加世氏はあからさまにがっかりとした表情になる。
「それに、その日はここも休みよ?」
「え?」
 我々三人は、驚いたように眼を見開いた。
「ここは数量限定だけど、通販でクリスマス料理やおせち料理の注文を受け付けているからね。二十三日からは店のほうは休業よ」
「知らなかった……」
 ここの常連となってまだ日の浅い私たちは驚いて、顔を見合わせた。
「ということだから、あなたたちも何処か別の場所で、クリスマスらしいことをしてきたらいいんじゃない?」
 バーはまだ早いかもしれないけど、烏丸周辺ならいい店が結構あるわよ? とつばくろさんは言う。
「……烏丸ですか」
 朝永は首をひねった。確かに、ほど近い河原町や三条辺りにまでは足をのばしたことはあるが、烏丸にはあまり行ったことがなかった。服屋や雑貨屋、飲み屋といった店の多い河原町と比べて、烏丸は銀行やそこと取引している企業がビルに入っているビジネス街のイメージがあったのだ。
「あら、確かにあの辺りはビルが多いけど、その人たちをターゲットにした店も多くあるのよ?」
 探せば隠れ家的な店も多いしね、と付け足す。
 しゃらくに入り浸っているつばくろさんからそんな情報を得られるのだから驚きだ。
 私が素直にそう告げると、
「まぁ、基本的に私の知り合いは、しゃらくの常連つながりだけどね」
 と、肩をすくめた。
「探せば学生でも入りやすい店はあるし、夜はCOCON KARASUMAのライトアップが綺麗よ」
「クリスマスイルミネーションですか?」
「いや、年中やってるわよ。でも、冬の方が空気も澄んでいて鮮やかに見えるからおすすめかな。……抱き合わせ商法じゃないから、櫻井君も安心して行って来たら?」
 くすくすと声をあげて笑うつばくろさんに、「それはどうも」と、私は唇を尖らせた。
 その日は加世氏もいたからか、早々にお開きとなった。店先でつばくろさんとは別れ、加世氏を駅まで送っていくという朝永たちとも途中で別れた。
 部屋に帰ると、暖房も明かりもついていた。よくできた同居人は、机の上でテレビを眺めながら、意味もなくコロコロと転がっていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 ケサラさんは私の声に飛び起きた。私がマフラーやコートを脱いでいる間、じっと私の方を見ながらコロコロと転がる。
「何を見ていた?」
「んー、商店街でたべあるきするやつ」
 私はテレビの方を見る。芸人が食べ歩きをしながら、町の人たちに声をかけるロケ番組だった。
「面白いかい?」
「うん。いったことないから、こういうとこなのかって」
 私は電気ストーブのスイッチを入れ、テレビの前に座る。ケサラさんもストーブに近い方へと転がってくる。
「君はあんまり外に出ないのかい?」
「そうだねぇ……、主人を転々とするときには外を移動するけど、寒いのも暑いのもとくいじゃないから、あんまり外にでないかな」
「そうか……」
 確かに、私も彼女を外に出したことがなかった。彼女の存在自体が、あまり世間に知られてはいけないような気がするし、昼間は私も学校があるから連れていくわけにはいかなかった。
「……外、出てみたいかい?」
 私は彼女に訊ねた。無意識のうちに、彼女を独り占めしたいような、閉じ込めていたい様な感じであっただろうかと反省する。
 ケサラさんは揺らしていた身体を止めた。そろりと起き上がり、私の方を見る。
「この家、すきだよ? あったかいし、テレビもあるし」
 もう少しキレイな方がうれしいけど、と再び身体を揺らす。
「……うん、男子大学生の部屋なんてこんなもんさ」
 “レディ”に気を遣って、これでも靴下を脱ぎっぱなしにとかしていないんだけどな、と苦笑いをする。
「暖かくなったら、一緒に出かけようか」
 おすすめの場所があるんだ、と私はケサラさんを専用の部屋の中へと戻した。
 それまで彼女と一緒にいるのかはわからないが、約束をすることでそうなるような気がした。
 私が電気を消して布団に入ると同時に、菓子箱の中は淡く光を帯びた。
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