第20話

文字数 2,664文字

「……年末は、すまなかったな」
「……いや、別に」
「……あけましておめでとう」
「……あぁ」
 私は年明け、久しぶりに会った朝永と気まずい状態で食事をしていた。
 本当は一月四~七日に講義があったのだが、週末に成人式があるからと自主的に休校し、年末から十日ごろまでずっと実家にいたのだった。週明け、私は年末の申し訳なさも積もり、朝永を昼食に呼び出したのだった。
 申し訳なさもあったのだが、それ以上に朝永のことが気がかりなのであった。
 目の前にいる朝永は、どこかぼうとしていて、ゆっくりと食事をとっていた。ゴボウサラダに青椒肉絲、インゲンの胡麻和えを、全て向きをそろえながら、もきゅもきゅと食べている。
 私の質問にはずっと生返事だ。
「最近はめっきり寒くなったな」
「あぁ……」
「京都でも正月は雪だったそうだぞ」
「……あぁ」
「……」
 私はため息をついて、自分のかき揚げうどんを食べる。なんとも話甲斐がない。
 私が帰省している間、ケサラさんは実家に連れて帰るわけにもいかず、下宿先へと置いてきたのだった。彼女一人でも大丈夫なようにとエアコンで常に快適な温度に保ち、テレビのリモコンやパソコンも届きやすい位置に置いていたから、先日届いた電気代の請求書は恐ろしいものになっていた。
 私は再び深いため息をつく。どうして、こうも私の周りの人間は自由奔放であるのか。
「そういえば、成人式で久しぶりに、中学時代のクラスメイトに再会したのだが、女性は全く、誰が誰だか分からなかったな」
 地元のホールで行われた成人式では、中学校区ごとで席に着いていたのだが、男性は背が伸びて少々おっさんらしくなっていたくらいで、大して変わらなかった。しかし、女性は顔に髪形にとまるで別人であった。
 朝永は私の話を聞いて、ぴくりと一瞬、身体を強張らせた。
「お前も、成人式には出たんだろう?」
「……あぁ」
 私の問いに、朝永は複雑そうな表情で頷く。
「その後の同窓会には出なかったんだっけ?」
「……いや、結局、成人式の流れでそのまま小学校のやつに出席することになった」
「へぇ……、でも、初恋相手は来てはいなかったのだろう?」
 朝永は頷く。例の初恋相手は、小学校の途中で転校して以来会っていないという。
「名前、なんていうんだ?」
「“ナナミ”……だったと思う」
「へー、可愛かったんだろう?」
 あの朝永がずっと覚えている相手なのだから、大層惹きつけるものがあったのだろう。
「まぁ……」
 朝永はぽりぽりと頬をかく。照れているというよりは、あまり覚えていないというようであった。
 なんともからかい甲斐がない。どうやら朝永の記憶から名前が離れない割には、彼女のことをあんまり覚えてはいないらしい。
 だからこそ美化されているということもあるのだろうが。
「……で、今の彼女とはどうなんだい」
 私の言葉に、今度は大きくビクリと身体を震わせた。
「……」
「どちらの姿でも構わないが、年末年始に連絡は取ったのか」
「……年明けに、両方の姿で。メールで挨拶をした」
「そりゃぁ、器用なことを新年から……。会ってはいないのだな?」
 朝永は頷く。ということは、クリスマスに会ったのが最後ということか。
「クリスマスは、食事はどこでとったんだ?」
「……烏丸駅の近くのイタリアンだ」
 大通りからそれたところにある、町屋風の佇まいのところらしい。店の名前を言われたが、私は聞いたことがなかった。
「そして食事後にイルミネーションを見て、その後カフェに行ったと」
「よく見ていたようだな」
 朝永はじろりと睨む。私は笑顔を引きつらせてそっぽを向いた。
 朝永は深くため息をつく。その時のことを思い出しているようであった。
 どうやら思い出しているのは不思議な“知り合い”のことであるようだ。
「声をかけてきたあの青年は、知り合いだったのか?」
「……いいや。見たことはないはずだ……」
 カーキのコートに短めの黒髪、中肉中背の男性は、朝永もやはり知らなかったようだ。あの時の彼の驚いた表情は、私の気のせいではなかった。
「加世氏の知り合いではないのか? ほら、前に演奏会に行ったときに君のことを知ったとか?」
「いや、彼女は知らなかった。……つまり、俺の知り合いだが、彼女の知り合いではないらしい」
「ではやはり、浅井の格好をしたときに会った人なのではないのか?」
「……あの格好の時は極力、人に会わないようにしていた」
「だったら、あの人の気のせいなのではないのか? 間違えて別の知り合いと勘違いをして声をかけたとか」
「……だが、あの人は、しっかりと“浅井”と話しかけていた。同性で、似た顔の人と偶然会うと思うか?」
「……」
 私は背筋が凍るような恐怖を覚えた。
 では、一体、あの人は何者なのか。
 朝永もそう感じているのであろう、何とも不安そうな表情をしている。
「……何だか、自分の知らないところで、“浅井”という存在が一人歩きしているようだ」
 朝永はぽつりと呟いて水をすすった。
「……」
 私は何も返せなかった。
 実際に自分だってそれを見たのだ。
確かに、私の知らないところで、“浅井”はしっかりと存在している。
 反対に、目の前にいる朝永が、幻なのではないかと一瞬不安になってくる。
「……櫻井」
「どうした?」
 私は食い気味に朝永の言葉に応える。思い切り眉をしかめて気味悪そうな表情をする朝永に、より一層不安を覚えた。
「……手、離せ」
「はい?」
 朝永は自分の腕を大きく振った。苦そうな顔で、思い切り私を睨む。
 どうやら私は、机の上にあった朝永の腕を強くつかんでいたようだった。まるでそこから逃げてしまわないように。
「あぁ、悪い」と、私は手を引っ込める。
「……何のつもりか知らんが、俺にその気は無い。そうでなくとも、いや、俺相手じゃなくとも、公衆の面前でいきなりそんなことをするなよ」
「おい、なんで私がお前に振られてるんだよ。何ならちょっと心配しているのは何だよ!」
「俺はお前の将来を案じているだけだ」
 気をつけないと、このご時世、一歩間違えると犯罪沙汰だからな、と朝永は冗談めかして笑った。
 次の講義があるのか、荷物をまとめて、立ち上がる。
 私も後に続いた。トレイを返却口に置き、食堂の入り口で別れる。
 こっちの心配もよそに、飄々としているようであるが、私の手には冷たい震えが残っていた。
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