第9話

文字数 1,089文字

 その晩、私はその時の様子を、ケサラさんに語った。彼女には朝永や加世氏のこと、朝永の「一人二役」計画のことは既に話していた。
「ふーん、ほんとに、はじめたんだ」
 菓子箱の中、ケサラさんはベビーパウダーの海の中を泳ぐようにコロコロと身体を揺らしていた。
「上手くいっているようで良かったさ」
 私はその様子を、マシュマロをつまみながらじっと見つめる。彼女を見ていると、なんだか無性に食べたくなったのだ。
「あなたはずいぶんお人よしなのね。ちかづくなとまでいわれた相手の計画を、てだすけしているんだから」
 粉まみれの身体を優しく撫でながらケサラさんは毛づくろいするようにそのもこもこ具合を整えていく。
 成程、身なりに気遣うあたり、とても女性らしい。
「まぁ、そういう性分なのだから、仕方がないだろう」
「ふうん」と、彼女は興味なさそうな返事をする。
そこで、携帯電話が鳴った。
浅井、いや朝永からであった。
「……見ていたのか?」
 開口一番、彼はそう訊ねた。
「あぁ、ご婦人方の背中越しにな」
 いつも通りの口調に、私は何だか安心をする。そして、今日のことを思い出して、素直に感想を口にした。
「にしても凄いな。もう連絡先まで手に入れたのか」
「……あぁ、あれには俺も驚いた。こちらから訊く予定だったが、寧ろ自然な流れで手に入れられた」
 電話越しにも朝永が少し嬉しそうなのが分かる。その功績には私も一役買って居るんだが、と思ったが、「邪魔するな」と言われていた手前、下手に墓穴を掘らない方が良いだろう。
「次はいつ会うんだ?」
「そうだな……さすがにすぐに連絡するのも不自然だろうからな。頃合いを見て連絡するさ」
 朝永は予めそう計画していたのだろう。迷いなくそう言った。
 私は電話を切る。
「そうだ」と、ふと思い出した私は、鞄の中をごそごそとあさった。
「はい、どうぞ」
「え? どうしたの! これ」
 私はケサラさんに色づいた紅葉の葉を数枚渡した。
「加世氏の大学、森の中だったから紅葉が綺麗でね。良ければ君にと思って」
 この数週間で分かったことであるが、彼女は女の子らしいものが好きである。可愛らしい紙包みやリボンなんかを見ると触りたがった。
 彼女は紅葉を受け取る。どこに手があるのかよくわからないが、綿毛の一本一本で丁寧に包むようにして持っているようであった。
 しげしげと眺めて、きゅっと目を細める。
「あなたがお人よしでよかった!」
「……そりゃ、どうも」
 嬉しそうな彼女の表情に、私は思わず苦笑いをした。どうやらお気に召していただけたようであった。
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