第24話

文字数 2,024文字

「きょう、カサいるね」
 彼女は窓から外を見て言った。
 夕方、私がとっくりを頭からかぶり、静電気で乱れた髪を手で直していると、窓の方を向いた彼女の身体は、雪灯篭のようにぼうと光が灯った。
「眠いのかい?」
「ん……? ううん、べつに」
 私の方を振り向いた時には、もう元に戻っていた。
 私も窓から空の様子を窺う。
 確かに、雲が夕日を隠し、辺りは薄暗いほどだった。ここ数日霙れて、濡れた地面は凍っているに違いない。
 私は鞄に折り畳み傘を入れる。
「……でかけちゃうの?」
 ケサラさんはとことこと私のもとへやってきて、膝を優しくたたいた。いつもはテレビを見ながら「いってらっしゃーい」という彼女が珍しい。
 私は微笑んで、彼女の頭を撫でた。
「今日は行かなくてはいけないんだ。雪がひどくなる前には帰るよ」
 私は玄関まで見送ってくれた彼女に別れを告げ、一人、しゃらくへと向かった。
 店には既に、つばくろさんがいた。
「またそんなに飲んで……。今日はきっと、雪が荒れますよ。帰れるんですか?」
 私の言葉に、つばくろさんは杯をあげる。
「帰れないなら、帰れるまで飲んでいいってことでしょう? 最高じゃない」
 ふふっと微笑むつばくろさんに、「そんなことができるのはあなただけですよ」と、私は言った。
「ふぉふぉふぉ。つばくろ殿の言う通りじゃ。先のことを考えても仕方あるまい」
 同じ席にいた大先生が、愉快そうに笑う。成程、そんなことができるのは、つばくろさんだけではなかった。
 私は運ばれてきた甘酒で、二人の熱燗と共に乾杯をする。
 今日は長丁場になるかもしれないと、初めはセーブするのだ。
「にしても、あとの二人はどうしたんだい? 一緒じゃないのかい?」
 つばくろさんは首をかしげる。サークルで遅れるときでもない限り我々はいつも一緒に来ているという印象らしい。
「春休みですしね。今日は大学に行っていないので、各自、現地集合です」
 もっとも、一緒にいく約束をしていないからというのが付け足されるべきであろうが。
 つばくろさんはぽんっ、と両手を叩いた。
「そうか、今は大学は休みだったのね」
「そこですか?」
 つばくろさんも一応、学生でしょうよ、と私はため息をついた。
「ふぉふぉ、では、今日は遠慮せずに飲めるということじゃな」
「あんたたちは、いつも遠慮がないでしょうよ!」
 だめだ、早く誰か来てくれないと、私一人で二人の御守りをしなくてはいけない。
 私は来る時間を間違えたと、大きく息をついた。
 その時、座敷のふすまがゆっくりと開き、ぬっと現れる影があった。
「……声、外にまで聞こえています」
 朝永は面倒くさそうに頭をガシガシと頭を掻く。
 もう長らく会っていないような印象だった。のっそりとした仏頂面に、私は妙に、じいんとしてしまう。
 頭には薄く雪をかぶっており、鼻は赤らんでいた。
「あら、大丈夫よ。今日は私たちくらいしかお客もいないもの」
「……そりゃ、春休みですし、雪降ってますもんね」
 ……大先生もお久しぶりです、と朝永は会釈をした。
「ふぉふぉ、これで全員揃ったかの」
「いえ、あと一人……」
 私が時計を見ながら大先生に答えていると、朝永の背後から、
「あら、やっと大先生たる方にお会いできて光栄ですっ!」
と、加世氏がひょっこりと顔を出した。
「何だ、一緒に来ていたのか」
「……外、暗いからな」
 朝永はそっぽを向く。
 加世氏は朝永の横に立ち、
「大学二年の風岡加世です。大先生のお噂はかねがね。本日はよろしくお願いしますっ」
「ほぉーー」
 大先生は加世氏をまじまじと見つめた。見定めるような目に、加世氏はぴくりとする。
「うむっ! ばっちぐーなおっぱいじゃ!」
 にっこりと微笑んで親指をグッと突き立てる大先生の頭を、私とつばくろさんは思い切りはたいた。朝永はスッと加世氏をかばうように前に立つ。
「あんたは阿呆ですか! 初対面でいうことじゃないでしょうが!」
 私は年上であることも構わずにまくしたてる。
「今日は、全部、先生の奢りですからね」
 つばくろさんはにこりと静かに怒る。
「……そっちに座った方がいい」
 朝永は加世氏を大先生から一番離れた席に座らせた後、ぎろりと睨んだ。
 対して、大先生は朝永と加世氏の方を見ながら、ニヤニヤと何だか嬉しそうである。
「ほーー、一悶着あって別れたのかと思ったが、宜しくやっとるようじゃないか」
「……」
「いいじゃろう。今夜はわしが馳走しよう。その代わり、面白い話を期待しとるぞ」
 ニヤリと微笑む大先生に、朝永は観念したように頷いた。
 なんといっても今回の一連の出来事の張本人なのだ。バツが悪いが、周囲に迷惑をかけた手前、何も言えない。
「では、私から説明しましょう」
 私は全員分の酒と料理が運ばれてきたのを待ってから、口を開いた。
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