第7話
文字数 1,242文字
十二月の初旬。師走というだけで世間が浮足立ち、せわしなくなる様子をよそに、私は一人、いつもの日常を送っていた。昼休みの終わりごろに食堂に向かうと、いつも通りの場所に、朝永と加世氏は向かい合わせで座っている。
「この前の学祭、櫻井さんのところのポスター発表は素晴らしかったですっ!」
加世氏はにこにこと微笑み、衣笠丼を頬張る。
「ほう、あの展示に目をつけるとは、お目が高いな」
私はうんうん、と頷く。
私は十一月の後半に行われた大学祭で、ポスター発表を行った。所属しているサークルの考古学研究会では毎年、学祭で企画をするのである。発掘調査の結果や、最近の考古学事情を各々まとめて展示する。
「……知り合いがいるから立ち寄ったってだけだろ。俺も見たけど、難しかった」
呪文に溢れる空間だった、と朝永は思い出したのか苦い顔をした。
「加世氏の大学は、学祭はないのか?」
加世氏は我々の通う学校とは違い、京都市の北の方、鞍馬山の方にある外国語大学に通っている。
「私の大学は来週の土日にあります!」
「ほう、加世氏も何かするのかい?」
「はい! ジャズサークルの方で演奏会があるんです」
加世氏は嬉しそうに言った。箸をおいて、鞄からパンフレットを取り出し、私と朝永に渡す。
「私は二日目の午後に本番があるんですけど……、二人ともよろしければ来てくれませんか?」
「……」
私は朝永の方を見た。朝永は表情を変えずに、パンフレットを眺めながら言う。
「その日はちょっと、用事があって……悪いな」
加世氏は少し寂しそうに「ううん、大丈夫」とほほ笑んだ。その後に私の方をじっと見る。
「あー……、申し訳ない。私もちょっと、サークルの方で観測会があって」
私はどもりながらパンフレットを閉じる。
「そっか、残念です」
加世氏はそう言って悲しそうに微笑み、再び食事に戻った。
「あれでよかったのであろうか? 加世氏、ちょっと寂しそうだったが」
食堂から図書館への道すがら、私は朝永に訊ねる。
「……しょうがないだろう。計画を実行する格好の機会なんだ」
朝永にも罪悪感はあるのか、苦そうな表情をする。
あの日、朝永からより詳細な計画をきいた。
十二月には実行に移し、年明けにはネタばらしをする。それまでの間に見知らぬ男として加世氏に近づき、アプローチをかけるという。
「演奏会終わりの彼女に声をかける。そこからじわじわと距離を詰めていくんだ」
淡々と言っているが、この言葉だけ聞くと何とも犯罪めいた響きがある。
「なんで演奏会の後なんだ? 前でも良いだろうに」
「演奏会前は緊張していたり、本番に向けて集中している可能性がある。そんな時に声かけるなんて申し訳ないだろ」
「微妙に優しいな」
私はため息をついた。
「私もこっそり見に行っていいか?」
「……邪魔しなければな」
「了解」
図書館前で朝永と別れる。計画はこうして幕があがった。
「この前の学祭、櫻井さんのところのポスター発表は素晴らしかったですっ!」
加世氏はにこにこと微笑み、衣笠丼を頬張る。
「ほう、あの展示に目をつけるとは、お目が高いな」
私はうんうん、と頷く。
私は十一月の後半に行われた大学祭で、ポスター発表を行った。所属しているサークルの考古学研究会では毎年、学祭で企画をするのである。発掘調査の結果や、最近の考古学事情を各々まとめて展示する。
「……知り合いがいるから立ち寄ったってだけだろ。俺も見たけど、難しかった」
呪文に溢れる空間だった、と朝永は思い出したのか苦い顔をした。
「加世氏の大学は、学祭はないのか?」
加世氏は我々の通う学校とは違い、京都市の北の方、鞍馬山の方にある外国語大学に通っている。
「私の大学は来週の土日にあります!」
「ほう、加世氏も何かするのかい?」
「はい! ジャズサークルの方で演奏会があるんです」
加世氏は嬉しそうに言った。箸をおいて、鞄からパンフレットを取り出し、私と朝永に渡す。
「私は二日目の午後に本番があるんですけど……、二人ともよろしければ来てくれませんか?」
「……」
私は朝永の方を見た。朝永は表情を変えずに、パンフレットを眺めながら言う。
「その日はちょっと、用事があって……悪いな」
加世氏は少し寂しそうに「ううん、大丈夫」とほほ笑んだ。その後に私の方をじっと見る。
「あー……、申し訳ない。私もちょっと、サークルの方で観測会があって」
私はどもりながらパンフレットを閉じる。
「そっか、残念です」
加世氏はそう言って悲しそうに微笑み、再び食事に戻った。
「あれでよかったのであろうか? 加世氏、ちょっと寂しそうだったが」
食堂から図書館への道すがら、私は朝永に訊ねる。
「……しょうがないだろう。計画を実行する格好の機会なんだ」
朝永にも罪悪感はあるのか、苦そうな表情をする。
あの日、朝永からより詳細な計画をきいた。
十二月には実行に移し、年明けにはネタばらしをする。それまでの間に見知らぬ男として加世氏に近づき、アプローチをかけるという。
「演奏会終わりの彼女に声をかける。そこからじわじわと距離を詰めていくんだ」
淡々と言っているが、この言葉だけ聞くと何とも犯罪めいた響きがある。
「なんで演奏会の後なんだ? 前でも良いだろうに」
「演奏会前は緊張していたり、本番に向けて集中している可能性がある。そんな時に声かけるなんて申し訳ないだろ」
「微妙に優しいな」
私はため息をついた。
「私もこっそり見に行っていいか?」
「……邪魔しなければな」
「了解」
図書館前で朝永と別れる。計画はこうして幕があがった。