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文字数 765文字

 暫く振りにサトミがヨシノリの部屋を訪ねて来た。
 サトミは、今年で看護学校を卒業する。
 入信後のサトミは、ヤスオと行動する方が多くなった。
 最初はヤスオさえ上京しなければ、又、サトミをヤスオに紹介しなければと、後悔し怨んだ事もあった。
 しかし、これこそがヤスオ達のやっている宗教的に云えば、宿命であり、運命であると、ある時から彼らを怨む事を止めた。
「自分の行いが悪いから、こうなったんだ」
 と、聞かされた因果論を思い出しながら、諦めた。
 しかし人間の感情は、バランスを崩すと、直ぐに冷静さを失う。
「こんな自分にしたのは、元はと云えば父親のせいだ。父親がもっと明るい家庭を築きさえしていれば、自分の様な卑屈な人間にはならなかった、それを考えればやっぱり一番悪いのは父親だ」
 といった堂々巡りの自問自答を繰り返していた。
「あのぅ、三田君には如何しても辛くて云えなかったんだけど、ワタシ、谷君の事が好きになって、それで……、三田君を裏切る様な事をしたくなかったんだけど、ゴメンね」
 来た時から、思い詰めた表情をしていたサトミを見て、別れ話が出る事を覚悟していた。
「いいよ、別に、ヤスオを紹介したのはオレなんだし……」
 泣きそうな顔をしているサトミに、これ以上辛い思いをさてたくなかった。
「ヤスオも今の信仰を持って随分変わったよ、もちろんそれは、良い意味で云ってるんだよ」
 ヨシノリは、ヤスオに対して不思議に憎しみが湧かなかった。正直二人には、幸せになって欲しかった。
「本当に、ゴメンね」
 サトミの泣き顔を見たのは、初めてだった。本当に清らかな静かな泣き方だった。
「何も泣く事ないじゃないか、オレはオマエたちの事を怨んでないから」
 サトミは、静かに声を立てずに三十分は泣いていた。
「本当にゴメン」
 サトミは、泣きながら何度も何度も謝った。


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