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文字数 1,185文字

 宿命。宿業。如何にもならない性。
 一人で悶々とする事が多かったヨシノリが、この頃漠然と考えていたのは、自分自身の努力や能力で乗り越えられるものと、乗り越えられないものがあるという事だった。その間に立ち塞がるバケモノの様な大きな高い壁の前で、項垂れ絶望するしかないのかと悩んでいた。
「性格を変えたい」
「強くなりたい」
 この頃の願いは只それだけだった。
 部屋を出る時、今日からは自分を変えて見せる、との並々ならぬ決意で行くも、結局は何時もの様に項垂れて帰る繰り返しの内に、人生には努力ではどうしようもないものもあるのだと、諦める様になった。
「宿業とか、宿命って本当にあるかもしれないね」
 ある時、何時もの様に宗教論を交わしながらヨシノリがこぼすように云った。
「そうだよ、だから宗教が必要なんだよ。自分の宿業は自分の努力とかでは乗り越えられないんだ。宿命とは、イノチにヤドルって書くだろう、つまりは過去世の自分の行い、これを仏教用語で因とか業因とか云って、自分のしてきた行いが現在の果、つまりは結果として現われているんだよ、少し難しくて上手く云えないけど、仏教では生命は永遠と説かれているんだ、だから、自分が知ると知らないに関わらず、自分のしてきた過去世の代償が現在の自分にかえってきているんだ、だから、宿命とかは自分の努力とかでは解決出来ないものなんだよ。だけど、小さな業ならすぐに消える事もある。自分が信仰を持ち、懺悔するだけで、また、活動をして人を救っていく事によって、解決出来るものもあるよ、例えばボクのドモリなどは、小さな業だったんだよ、だから、今は余程の場面でない限り、ドモル事はなくなったしね」
 信仰の話しをする時のヤスオの口は、これが中学校の時ドモリで皆から笑われていた同じ人物とは思えない流暢さであった。
「じゃあ、オレの性格のどうしようもない宿業みたいなものも、信仰で治るって言うのか?」
 ヨシノリは、最も気になる事を聞いてみた。
「もちろん、だって願いとしてかなわざるなしって、云われているんだから。但し、社会的に問題になる様な事をして、願いをかなえるなんていうのは別だけどね。キミが云う様な性格的な問題などは、宿業の問題だから、絶対にかなうよ。信仰は取り組む姿勢の問題だから、中途半端に取り組めばそれなりの結果しか得られないけど、真剣にやればやるほど、願いはかなっていくんだよ」
 ヤスオが、最初信仰の話しを持ちかけた時、興味が湧かずにやや揶揄い半分で聞いていたヨシノリであったが、宿命論になってくると、自身の抱えている問題にも直接触れる事もあり、真剣に耳を傾ける様になっていた。
 ヨシノリには、元々一般的にカッコイイと思われるものに対しての憧れがあった。宗教はまさにその対極にあるものとの軽蔑した思いから、自分自身が実践する事はまた別の問題と思っていた。

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