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文字数 1,009文字

 高校時代は、音楽と美術と書道が選択教科になっており、迷わず書道を選んだ。
 高校になっても震える指で恥をかくのは、絶対に嫌だった。
 二年の時、進路指導で「医学部に行きたい」と真面目な顔で云ったら、担任に笑われるほど成績は酷かった。
 それもそのはず、勉強は期末テストの前に一夜漬けをするのがやっとだったし、それすら出来ずに、暗澹たる思いで試験に向かった事すらあった。
 この頃は、もうすっかり何に対しても無気力だった。
 放課後友達のアパートにたむろして、落ちこぼれ達とタバコを吸いながら馬鹿話をし、安い酒を偶に飲んでは騒ぐ、ぐうたらな生活をしていた。
 三年になって理数系から文科系に脱落した。理数系は大半が男子であるが、文科系は逆に女子が圧倒的に多かった。女子の多いクラスは中学高校通じて初めてだった。久しぶりに女子の目を意識する毎日になった。
 教室内は、新しいクラス特有の余所余所しい緊張した空気が漂っていた。女子が多い事で、より一層生真面目な硬い空気に覆われていた。
 国語の本読みに、ヨシノリが当てられた。本読みは特別苦手意識もなく普通に読める筈だったが、読み始めて暫くすると、ヨシノリは自分の声が震えている事に気付いたのである。まさしく気が付いたというのが、本当だった。
 震える声を遠くの方で聞く自分と、震える声に動揺しながら読み続ける哀れな自分を、まるで別者であるかの様な錯覚を一瞬覚えたが、その後、無性に情けない恥ずかしい感情が蘇ってきた。
 それはまさに、笛を吹いて指が震えた時に感じた無力感と同じものだった。
 教室内の白々しい空気が、ヨシノリの震える声で違う色に変わっていった。中学の時のあからさまな嘲笑はないが、同情とも安堵とも違う異質の空気が流れた。
 ヨシノリは、震える声を出す自分を無抵抗にさらけ出し、客観的に眺め、自虐的にそのまま読み続けた。
 女子が多かったため、ヨシノリの心に甘えが生じ無駄な抵抗をさせなかったのかもしれない。多くの女子は、母性本能が枯渇した老婆の様に、ヨシノリの震える声を馬鹿にしながら聞いていたのかも知れないが。
 読み続ける内、後ろの方の席に座っている男子の誰かが、小さいが聞き取れる声で「誰や?」と聞くと、隣の男子が「三田や」と云った。そして二人が顔を見合わせ笑っている様子が、ヨシノリにはっきりと浮かんだ。
 教室という空間の中で、さらし者になったと感じた二度目の出来事である。



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