20

文字数 1,035文字

 二人の職場公認の付き合いが始まった。
 ヨシノリの病的な自意識は、サトミといる時だけ薄れる気がした。
 ヨシノリにとって幸いな事には、自分の恥部をサトミには隠す必要がなかった事だ。
 付き合い始めの頃、喫茶店やファミレスに入る事を拒むヨシノリに対して、サトミは何も云わなかった。何方かと云えば、サトミも人のいない公園とか裏通りを歩く事が好きだった。
 電車に乗っている時など、恥ずかしそうに並んで立ったまま、殆ど会話をしなかった。
 それでも慣れてくると、ヨシノリに少しは余裕の様なものが出来てきた。
 ある晩、ヨシノリの方からサトミを飲みに誘った。
 駅前の小さな居酒屋に入った。都会で異性と酒を飲む初めての経験だった。
 二人は、飲む内に緊張もほぐれ、饒舌になっていった。
「今度、ワタシのオジさんに、三田君を紹介したいけど、いいかなぁ?」
「オジさんって何処にいるの?」
「ヨコハマ」
「いいよ、別に」
 田舎から出てくる時、父親から、
「何かあったら、必ずヨコハマのオジさんに相談しなさい」
 と云われたらしく、今までも事あるごとにヨコハマのオジさんに相談をしてきたらしい。
「ところで、三田君は女の子と付き合った事あるの?」
 酔いで頬をピンク色に染めて、サトミが云った。
「ボクは、木原さんが初めてだよ、木原さんは、如何なの?」
 サトミは、少し天井を仰ぎ見て、決心したかの様にヨシノリを真っ直ぐ見て云った。
「三田君が、二人目よ」
 云った後、サトミの顔が少し曇った様に思えた。
「よかったら、前の彼氏の事を聞かせて欲しいけど……」
 かなり酔っていたヨシノリは、何時もの奥ゆかしさが消えつつある。
 サトミは暫く考える風に目を瞑っていたが、酔いで身体が少し左右に揺れていた。サトミがこんなに酒を飲めるとは、ヨシノリは想像していなかった。
「怒らないと約束してくれる?」
 珍しく濁った目をしたサトミを見て、妙に不安な気持ちになった。
「別に何を聞いても怒りゃしないよ」
 冷静さを装って答えたが、語尾が心なしか震えていた。
「ワタシ、実は処女じゃないの」
 サトミはヨシノリの反応を見逃さない様に、ヨシノリから目を逸らさずにいた。
「ワタシの事、嫌いになったでしょう」
 サトミは、この時始めて恥ずかしそうに俯いた。顔を真っ赤に染めながら、ヨシノリの言葉を待っていた。
「オ、オレは、そんな事は如何でも、いいし、そんな事、別に関係ないし、別に、如何でもいいと……」
 一生懸命平静を装ったが、動揺を隠す事が出来なかった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み