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文字数 1,347文字
ヤスオは当初の勧誘相手であったヨシノリが、あまり乗り気でなかった事から、サトミに勧める様になった。
サトミも人間関係や自身の性格等で、色々と悩んでいたが、解決する方策が見出せない為、半ば諦めていた。只、ヨシノリといる事で寂しい心を癒していただけに過ぎない。
「ワタシ、入信する事に決めたの」
ヨシノリのアパートで夕食を作りながら、サトミがキッパリと云った。その口調には強い決意が現われていた。
黙っているヨシノリにサトミは、
「もうこれからは、あまりここにもこられなくなるかもしれないから……」
と云った。
その後何かいいたげにしていたが、黙ってキャベツを刻んでいた。暫くサトミの料理する姿を眺めていた。
入信したサトミは、ヨシノリのアパートに来なくなった。
ヨシノリは、ヤスオのアパートに何回か行った事があった。
ある日、突然尋ねて行った時、六畳一間のアパートに七名の学生が集まって、話し合いをしていた。メンバーは、待っていましたとばかりに車座になり、ヨシノリを囲み宗教の教義や宿命論を語った。
「キミが今まで読んだ本の中で、何か印象に残ったものはありますか?」
その場のリーダーらしき男が、ヨシノリに聞いた。自身に皆の目が集中する事に赤面しながら俯いていた。
「三田君は、中々の読書家で、倉田百三の『出家とその弟子』を読んでいるらしいですよ」
ヤスオがリーダーの質問に代わって答えた。ヨシノリは、坊さんに嫁いでいたオバから「出家とその弟子」を読む様勧められ読んだのだが、内容もあまり憶えていなかった。
「そうですか、『出家とその弟子』を読んでいる大学生がいる事を、ボクは嬉しく思いますよ」
リーダーらしき男は、優しく微笑みながら云った。
「ボクが今までに一番感動したのは『暗夜行路』です、『暗夜行路』が一番好きです」
ヨシノリは、このリーダーが何処まで文学に造詣が深いかを試す様に云った。
「『暗夜行路』と云えば、志賀直哉ですね。中々キミは良い本を読んでいる様だね。ところで『暗夜行路』の如何云ったところに感動したのですか?」
「暗夜行路」は、ヨシノリが中学時代に初めて読んだ純文学だった。「暗夜行路」を夢中になって読んだ事は思い出したが、何に感動したかと問われると答えに窮した。
「そうですね、宿命的な事が書かれているところですかねぇ」
主人公の時任謙作が出生の秘密を知り悩み、やがて妻の不貞に苦しむ件を思い出し、云った。
「そうですね、確かにあの小説の主題は宿命ですよね」
あてずっぽに云った事を評価されて、ヨシノリは胸を撫ぜ下した。
「キミも谷君も土佐っぽですよね。やはり土佐と云えば、何と云っても幕末の英雄、坂本竜馬だよね」
リーダーらしき男は、竜馬について熱っぽく語った。
土佐っぽ。
この言葉ほど、都会で暮らしながら重荷に感じるものはない。
「土佐っぽだから、酒は強いだろう」
「土佐っぽだから、豪快だろう」
「土佐っぽだから、……」
ヨシノリは、都会に出て来て、自分から出身県を云う事を避けていたが、今日のリーダーには自分が谷ヤスオと同郷である事を、最初の自己紹介で語らざるを得なかった。
「自分が竜馬に共鳴できるのは、少年時代泣き虫で寝小便タレだった頃の事だけです」
と本音を云いたかったが黙っていた。
サトミも人間関係や自身の性格等で、色々と悩んでいたが、解決する方策が見出せない為、半ば諦めていた。只、ヨシノリといる事で寂しい心を癒していただけに過ぎない。
「ワタシ、入信する事に決めたの」
ヨシノリのアパートで夕食を作りながら、サトミがキッパリと云った。その口調には強い決意が現われていた。
黙っているヨシノリにサトミは、
「もうこれからは、あまりここにもこられなくなるかもしれないから……」
と云った。
その後何かいいたげにしていたが、黙ってキャベツを刻んでいた。暫くサトミの料理する姿を眺めていた。
入信したサトミは、ヨシノリのアパートに来なくなった。
ヨシノリは、ヤスオのアパートに何回か行った事があった。
ある日、突然尋ねて行った時、六畳一間のアパートに七名の学生が集まって、話し合いをしていた。メンバーは、待っていましたとばかりに車座になり、ヨシノリを囲み宗教の教義や宿命論を語った。
「キミが今まで読んだ本の中で、何か印象に残ったものはありますか?」
その場のリーダーらしき男が、ヨシノリに聞いた。自身に皆の目が集中する事に赤面しながら俯いていた。
「三田君は、中々の読書家で、倉田百三の『出家とその弟子』を読んでいるらしいですよ」
ヤスオがリーダーの質問に代わって答えた。ヨシノリは、坊さんに嫁いでいたオバから「出家とその弟子」を読む様勧められ読んだのだが、内容もあまり憶えていなかった。
「そうですか、『出家とその弟子』を読んでいる大学生がいる事を、ボクは嬉しく思いますよ」
リーダーらしき男は、優しく微笑みながら云った。
「ボクが今までに一番感動したのは『暗夜行路』です、『暗夜行路』が一番好きです」
ヨシノリは、このリーダーが何処まで文学に造詣が深いかを試す様に云った。
「『暗夜行路』と云えば、志賀直哉ですね。中々キミは良い本を読んでいる様だね。ところで『暗夜行路』の如何云ったところに感動したのですか?」
「暗夜行路」は、ヨシノリが中学時代に初めて読んだ純文学だった。「暗夜行路」を夢中になって読んだ事は思い出したが、何に感動したかと問われると答えに窮した。
「そうですね、宿命的な事が書かれているところですかねぇ」
主人公の時任謙作が出生の秘密を知り悩み、やがて妻の不貞に苦しむ件を思い出し、云った。
「そうですね、確かにあの小説の主題は宿命ですよね」
あてずっぽに云った事を評価されて、ヨシノリは胸を撫ぜ下した。
「キミも谷君も土佐っぽですよね。やはり土佐と云えば、何と云っても幕末の英雄、坂本竜馬だよね」
リーダーらしき男は、竜馬について熱っぽく語った。
土佐っぽ。
この言葉ほど、都会で暮らしながら重荷に感じるものはない。
「土佐っぽだから、酒は強いだろう」
「土佐っぽだから、豪快だろう」
「土佐っぽだから、……」
ヨシノリは、都会に出て来て、自分から出身県を云う事を避けていたが、今日のリーダーには自分が谷ヤスオと同郷である事を、最初の自己紹介で語らざるを得なかった。
「自分が竜馬に共鳴できるのは、少年時代泣き虫で寝小便タレだった頃の事だけです」
と本音を云いたかったが黙っていた。
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