文字数 751文字

 放送部の姉は、下校時間前の放送を終えると、放送室から二年のクラスに廊下を歩いて帰るのであるが、始めの頃はヨシノリのクラスの前を姉が通るたびに、クラスの男子がヨシノリを見てニヤニヤ笑う事が嫌だった。
 姉はオバも放送部だった事から、中学に入学するとすぐに放送部に入った。
「姉ちゃん、学校での笛のテストの時、緊張せんかぁ」
 ある日、ヨシノリは思いつめた様に姉のユミに云った。
「そりゃ、私だって多少緊張はするよ」
「けんど手ん震えて、吹けん様にはならんろう」
「そうやねぇ、最初はちょっと震えそうになるけど、じきにおちつくよね」
「そうかぁ」
 ヨシノリは大きな溜息をついて天井を見上げた。ユミは何かを察したのか、具体的な内容に触れる事なく、
「そりゃ、緊張するがは当たり前やけん、あんまり気にせられんよ」
 と優しく云った。
(姉ちゃんは、オレの無様な姿を知らんけん、適当な事が云えるがや)
 と内心思い、腹立たしかった。
 姉弟なのにオレだけどうしてやと、深刻に悩んだ。いっその事こんな指やったら切って無くしてしまいたいと、その頃両手を眺めながら思ったものだ。こんな悩みなんてかっこ悪くて母親にも云えず、よけい一人悶々とするだけだった。
 当時何よりも野球が好きで、学校に行く事は放課後にある野球部の練習のために行っていたといっても過言ではない。その頃のヨシノリには、野球のない生活は無に等しかった。
 だから、笛のテストが六時間目の最終時間に行われていたため、自分の番を待つ間、
(これが終われば好きな野球ができる)
 と、何時も心に云い聞かせ、逃げ出したくなる衝動を抑えていた。
 ヨシノリにとって、野球の練習がきついことなど全く苦にならない。スポーツは全般的に好きで人並み以上にどの種目もできたが、その中でも野球は特別だった。



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