18
文字数 1,407文字
自分を変えようと強い決意で上京したはずのヨシノリの生活は、どんどん暗く惨めなものになっていった。
電車に乗れば前方に座る他人の視線が気になり、思わず目があったりすると赤面する。赤面を気にして、始終俯いていた。
何時も行くデパート内の本屋の、レジの店員の視線や、服を何気なく見ていると必ずやってくる店員の対応に、冷や汗が出る思いだった。
ヨシノリの自意識過剰は、日増しに膨れていった。
ある時、高級紳士服が並べられているコーナーにふらふらっと何気なく迷い込んでしまい、何となくそれらの服を眺めていた。
「どういった服をお捜しですか?」
何時の間にか背後に店員が立っていて、ギョッとした。
高級紳士服売場にいそうな、慣れきった態度の三十半ばの化粧の濃い女だった。
都会を象徴する様な女。それは、ヨシノリが一番苦手とするタイプだった。
「いえ……、べつに」
こういった時、さっさとその場を離れられないヨシノリは、耳元まで顔を赤くして、女の視線を気にしながら、虚ろな目で見慣れない高級服を、仕方なく眺めていた。
「お好みのメーカーなどございますか?」
「いえ……、べつに」
もじもじと赤面しながら答えるヨシノリに、店員は小馬鹿にした様に、うすら笑いを浮かべた。
ヨシノリは、以前友達が外国の俳優が着る服の話しを、熱心にしていた事を思いだし、
「マルマーニーのものはありますか?」
と、小馬鹿にした態度の店員に、少しは知識のあるところを披露したいと思い、そう言った。
「マルマーニー? お客様それはアルマーニーの事でしょうかね?」
女は、意地悪そうに顔を歪めて言う。
ヨシノリは、顔を真っ赤にしながら、脱兎の如くその場から逃げた。
「ありがとうございましたー」
女の悪意の籠った大きな声が、ヨシノリの背後に何時までも残った。
都会は自由で自分を変えられるとの思いは、日増しにしぼみ、この頃から段々と表情に病的な現象が生じ始めた。
異常に赤面したり、笑っても顔が引き攣りうまく笑えなかったり、人が自分を見て馬鹿にしていると思うなど、自意識過剰が病的になり、人混みの中に入っていく事が恐かった。
上手く笑えなくなったヨシノリにとって、笑う事すら作為的になった。心の底から自然に笑えない。友達との会話中でも「笑わなきゃいけない」「笑う場面だから」と無理して笑おうとすれば、ピクピクっと頬が痙攣して半泣きの様な笑い顔になる。
この頃のヨシノリの写真に写っている笑顔は、一度だって目が笑っていない。写真におさまる時など、間があけばあくほど、頬がピクピク引き攣って顔が歪んだ。それらは笑い顔ではない。何方かと云えば泣き顔に近かった。
必死の作り笑い。道化笑い。笑う事すら苦痛の対象になっていた。
ヨシノリの引き攣る笑顔を始めて目にした友達らは、驚きと好奇心の入り混じった困惑の表情をした。
自由に笑えない不自然さ、窮屈感を嫌というほど味わった。
腹の底から笑いたい。屈託なく笑い転げる友達らを見て、心底羨ましく思った。
自由に振舞えない日常は、苦痛でしかない。都会の中で、人の目にふれない場所、そういったところを捜すのは不可能に近かった。
彼女をつくって、彼女と同棲し、セックスに明け暮れる日々を夢見て上京したはずが、彼女どころか電車の中で若い女性と目が合うだけで赤面するほど、自信をなくし、屈折した心理のまま鬱々と暗い日々を過ごしていたのである。
電車に乗れば前方に座る他人の視線が気になり、思わず目があったりすると赤面する。赤面を気にして、始終俯いていた。
何時も行くデパート内の本屋の、レジの店員の視線や、服を何気なく見ていると必ずやってくる店員の対応に、冷や汗が出る思いだった。
ヨシノリの自意識過剰は、日増しに膨れていった。
ある時、高級紳士服が並べられているコーナーにふらふらっと何気なく迷い込んでしまい、何となくそれらの服を眺めていた。
「どういった服をお捜しですか?」
何時の間にか背後に店員が立っていて、ギョッとした。
高級紳士服売場にいそうな、慣れきった態度の三十半ばの化粧の濃い女だった。
都会を象徴する様な女。それは、ヨシノリが一番苦手とするタイプだった。
「いえ……、べつに」
こういった時、さっさとその場を離れられないヨシノリは、耳元まで顔を赤くして、女の視線を気にしながら、虚ろな目で見慣れない高級服を、仕方なく眺めていた。
「お好みのメーカーなどございますか?」
「いえ……、べつに」
もじもじと赤面しながら答えるヨシノリに、店員は小馬鹿にした様に、うすら笑いを浮かべた。
ヨシノリは、以前友達が外国の俳優が着る服の話しを、熱心にしていた事を思いだし、
「マルマーニーのものはありますか?」
と、小馬鹿にした態度の店員に、少しは知識のあるところを披露したいと思い、そう言った。
「マルマーニー? お客様それはアルマーニーの事でしょうかね?」
女は、意地悪そうに顔を歪めて言う。
ヨシノリは、顔を真っ赤にしながら、脱兎の如くその場から逃げた。
「ありがとうございましたー」
女の悪意の籠った大きな声が、ヨシノリの背後に何時までも残った。
都会は自由で自分を変えられるとの思いは、日増しにしぼみ、この頃から段々と表情に病的な現象が生じ始めた。
異常に赤面したり、笑っても顔が引き攣りうまく笑えなかったり、人が自分を見て馬鹿にしていると思うなど、自意識過剰が病的になり、人混みの中に入っていく事が恐かった。
上手く笑えなくなったヨシノリにとって、笑う事すら作為的になった。心の底から自然に笑えない。友達との会話中でも「笑わなきゃいけない」「笑う場面だから」と無理して笑おうとすれば、ピクピクっと頬が痙攣して半泣きの様な笑い顔になる。
この頃のヨシノリの写真に写っている笑顔は、一度だって目が笑っていない。写真におさまる時など、間があけばあくほど、頬がピクピク引き攣って顔が歪んだ。それらは笑い顔ではない。何方かと云えば泣き顔に近かった。
必死の作り笑い。道化笑い。笑う事すら苦痛の対象になっていた。
ヨシノリの引き攣る笑顔を始めて目にした友達らは、驚きと好奇心の入り混じった困惑の表情をした。
自由に笑えない不自然さ、窮屈感を嫌というほど味わった。
腹の底から笑いたい。屈託なく笑い転げる友達らを見て、心底羨ましく思った。
自由に振舞えない日常は、苦痛でしかない。都会の中で、人の目にふれない場所、そういったところを捜すのは不可能に近かった。
彼女をつくって、彼女と同棲し、セックスに明け暮れる日々を夢見て上京したはずが、彼女どころか電車の中で若い女性と目が合うだけで赤面するほど、自信をなくし、屈折した心理のまま鬱々と暗い日々を過ごしていたのである。
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