23

文字数 774文字

 都会に来て二度目の春を迎えた。
 ヨシノリは、この春から一人でアパート暮らしを始めた。
 中華料理店でのアルバイトも辞め、パン工場でのアルバイトを始めた。
 引っ越したのは、二階建てでトイレが共同の古いアパートだった。周辺に林がある静かな場所にあった。入居者の多くは学生だったが、中には独身の郵便局員や家族連れもいた。安普請のアパートだったが、家賃が安いという事が何より気に入った。
 ヨシノリのアパートに訪ねて来る者は、サトミ以外に誰もいない。
 サトミがアパートに来ない日は、ヨシノリは誰とも口をきかないで過ごした。
 都会の暮らしに馴染めず、怯えて過ごしていたヨシノリは、学校に行っても誰とも口をきかなくなった。小田切ともマージャン以来、距離を置いていた。
 この頃から、学校に行くよりバイトに行く日数の方が増えていた。バイト先でも誰とも話さず、僅かの休憩時間にも、伊藤整や太宰治を読み耽っていた。
(人と話しをしなくても、別にどうって事ないし、いらない気も使わなくていいし、清々する)
 と高を括って始めた単身生活であったが、徐々に孤独が気持ちを蝕んでいった。
 街に出かけた時など、
(これだけ沢山の人間がいて、オレが話しを出来る人間が一人もいないのか、これが所謂雑踏の中の孤独なのか)
 と人混みの中、多くの人の流れに逆らい、人を避ける様に歩く時等、寂しさに打ちひしがれたものだ。
 そんな時、ヤスオからアパートの管理人の所に電話がかかって来たのである。電話番号を実家から聞きだしたとの事だった。
「何とか志望する大学に入ることが出来て、今、T市のアパートに住んでいるんだ。
 今度そっちへ遊びに行ってもいいかい?」
 久しぶりに聞くヤスオの声が懐かしかった。
「いいよ、何時でも遊びに来いよ」
 この時には、中学校の時の様な下心もなく、真心から友を待ち願う思いだった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み