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文字数 2,787文字
犯人を告げた。というより自供だ。
次の瞬間、灯油の入ったヒーターが蹴り倒された……ということは無かった。
その代わりポテトチップスの袋が、銃声のような破裂音と共に穴が空いた。
そのまま手づかみでアカネ先輩は中身を口に放り込み咀嚼した後、舌舐めずりをした。
「山賊みたいに喰いますね」
「お前は焼いて食われたいか、揚げて食われたいか」
「どっちも御免ですね」
「遅かれ早かれ八つ裂きになるぜ。このままだと」
今のところ、問答無用で一撃死することはなさそうだ。
「それは犯人として制裁されるということです?」
「減らず口を叩くんじゃねえ。その与太話を止めろ、と言っているんだ。あたしがそんな出任せを
正直に言おう。
「信じるなんたぁ思ってませんねえ。残念ながら。アカネ先輩にとっちゃ与太で法螺でしょうよ」
だからこそ僕は続けなければいけない。この
「でも証拠はないでしょ。僕が犯人じゃない証拠。猫沖氏や長門さんが犯人だって証拠もない。で、自白する人物が登場。これにて逮捕、これにて一件落着ですよ。あ、もちろん僕はロザリオに釣り糸つけて
「そういうのが減らず口って言うんだ。証拠は……あるはずだろう、ロザリオが。お前が玩具にして遊んでたっていうなら、それをお前は持っているはずだ。それとも、店の中のガラクタの中に隠してあるのか?」
雑然とした棚のどこかに放り込んでおきました。だから時間をかけて探せば見つかりますよ。
あるいは―――申し訳ありません。どこかに落としてしまいました。アパート近くの用水路かな?
そういう
でも、それじゃあ弱い。
「――−もちろん、ありますよ。いやあ、返すのが遅くなって申し訳ありません」
僕はポケットの中から、ハンカチを取り出す。
机の上においたハンカチを広げる。
「……本物か?」
「ええ、先輩が送信した画像と比べてみてください。まさにそのものですよ」
僕は携帯電話を取り出し、例の画像を表示させて机の上のロザリオの横に置く。
そしてロザリオをひっくり返し、彫られた文字を見せる。
「ね? ちゃんと同じく”
フランスのピレネーにある”ルルドの泉”。
要するに、これはお土産として作られたロザリオなのだ。祈りの回数を数えるだけなら用を成しているから、使う分にも問題ない一品だが。
「お前の親父殿は、フランス駐在の外交官だったよな?」
さすが鋭い。
こういう類のロザリオは、ヨーロッパにあるキリスト教関係の観光地なら、恐らく簡単に手に入る土産物だろう、と僕は予測を立てた。ルルドの泉は、フランスとスペインの国境近くにある。在フランス日本大使館はパリにあるから、さすがに肉親とはいえ、おいそれとルルドまで買いに行ってくれ、とは頼みにくい。しかし土産物として流通しているのであればパリ市内にいくらでも売っている可能性がある。
僕の予測は当たり、父は連絡した翌日にはモノを見つけ速達で送ってくれた。着いたのは2日前で、ついでに父は生産地はハンガリーで、日本へはほとんど流通していないことまでも調べてくれた。滅多にない僕からの連絡とお願いに、父も張り切ったのだろう。”Fatima”と彫られたロザリオまで送られてきた。マリアの奇跡の大盤振る舞いだった。
これが届くの届かないのでは大違いだ。
「良かったな、ヨーロッパからだと届くのは結構ギリギリだろう」
「さあ、何のことですかね」
僕はしらばっくれる。
「ちゃんとした証拠ですよね。僕が騒動の犯人だったという間違いない証拠ですよ」
「……」
ここまできたら彼女はもう完全に理解しているはずだ。
僕が
僕はさらに続ける。
「猫沖氏にも確認しました」
「……そこまでやったのか」
何を確認したのか?とはアカネ先輩は聞かない。
僕はクリスマス騒ぎの後、父に連絡すると共に、猫沖氏にコンタクトをとった。
僕は、こちらが考えていた事情を、とうくんのことを除いて全て話した。
そして猫沖氏は黙って耳を傾けた上で、首肯したのだった。
なぜ僕が猫沖氏本人にたどりつけたのか、は彼は訊かなった。ロザリオ盗難が発覚した時のために庇ったわけだから、遅かれ早かれ自分に話がくる可能性は考えていたのだろう。
アカネ先輩の怒気は終息し、机の上に眼を落としている。
僕が「猫沖氏にも確認しました」と言った意図も伝わっているはずだ。
つまり、僕は『あなたや長門さんが犯人として挙げられることはない。仮に別人物が挙げられた噂を聞いたとしても、こっちで何とかするから気にせず何もしないでくれ』と伝えたことを彼女は察したはずだ。
確認済すなわち了承済である。
「お前はそういう選択をしたのか」
「はい、この方法でアカネ先輩に勝ち切ります」
長門さんの犯行が公にされず、猫沖氏との婚約も破棄されず、猫沖氏は長門さんの犯行動機も知らず、とうくんは真実を知り傷つくこともない。
そういう結末で終わらせることが、終わらせることを認めさせることが、僕の選んだ方法だった。
「一人で罪を被って、キリストでも気取ったつもりか」
「天地神明に誓って、それとは違うことは申し述べておきます」
僕はあの男−−−聖母マリアの息子、イエス・キリストとは違う。これだけは
僕がやろうとしているのは、救世主を気取るためでも、救世主になるためでもない。目の前の美人のお姉さんに勝つ、という卑近な動機、とうくんのちょっとの笑顔、後はこの行為を応援してくれた連中のためだ。
「お前自身が犯人だと言ってくるなんて、選択肢のひとつとしては十分に有り得たが、予想外だったな」
「でしょう?」
「でも、まだまだだ。粗製の論理は、いくらでも理屈屁理屈がつけられる。あたしの思想の芯はまだまだ折れない」
「ええ、でしょうね。だから、次はちょっと荒っぽい勝負といきましょうや」
僕は席を離れる。
教室の端にあるロッカーに手を伸ばした……