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文字数 2,811文字

 窓の外はすっかり暗くなっている。無線部員が屋上で騒いでいる音が遠くに聞こえるくらいで、ただ灯油ヒーターの音がゴウゴウとたまにしているだけだった。
 無言、雑談、飲む、食べる、を何度も繰り返し勝負は続けられた。
 アカネ先輩のチップが僕より1割くらい多い。勝負を数回繰り返せば、取り返せる。

 明らかに時間を稼ぐよう小粒の勝負の繰り返しに、アカネ先輩は痺れを切らすこともなく、たんたんとカードを切っている。
 僕は目の奥がズキズキと痛み始めるのを感じた。
 ここで集中力が切れたら負けだ。
 僕はアカネ先輩の何倍も何倍も集中して、多大な情報を処理してカードを切らなければならないのだから。


 時計が12時を回った時点でもアカネ先輩は平然としている。いや、平然を装おうとしているはずだ。雑談を楽しむ余裕がなくなっている。時間はたっぷりとある。普段の彼女なら、僕と話をしたくてたまらないはずだ。僕をからかって遊びたくてしょうがないはずなのだ。
 アカネ先輩は一言も発さず、カードをチェンジしチップをベットし続ける。
 僕がギリギリなのを見越して、話しかけてこないのだろうか。
 こちらこそ雑談を楽しむ余裕すらないと思われているのだろうか。
 
 ……それは癪だ。仕掛けてみるか。チップも取り返し、今は五分五分だ。勝たなければ何も意味がない。最初に仕掛けたカマが、今ここで同じくらいの効果を誘えるならありがたい。

「アカネ先輩、長門さんのことなんですが」
「なんだ。あの女がどうかしたか」

 返答の声には抑揚がなかった。

「彼女も只者じゃないなあ、と僕は思っているんですよ」
「まあ、盗みを働いて男に罪を被せたあげく、小学生に懸想してその盗品を貢ごうとしている毒婦だからな。普通の神経じゃない」
 
 僕に視線を向けないという姿勢が「今、お前はそのようなことを雑談している余裕があるのか?」と示しているようだ。
 しかし、それはブラフだ。

「や、東少年のことまで知っていたんですか」
「まあな」
「長門さんのサークルもそこそこの所帯ですからね。我が部のOBOGもいるでしょうし、アカネ先輩の人脈なら、長門さんととうくん……東少年の関係に気付くぐらい朝飯前ですよね」
「遅い時間に銭湯に通う男の子で、お前もその銭湯に行っているよな。とうくん、と呼んでいるのか」
「ええ、ちょっとした銭湯仲間です。しかし、凄いですね。いつの間に彼のことまで調べていたんですか?」
「すぐ分かることだろう」

「いや、調べていただけでもありがたいというか、びっくりです。てっきり僕は、全て丸投げ、いや一任されていたと思ってましたから。だって、今みたいにとうくんについての情報を知っているのに、教えてくれなかったじゃないですか。防犯カメラだって、自分で確認までしているの連絡してくれなかったし、猫沖氏だって、あんなふざけたピアス付けてる癖にド真面目な面白マッチョですよ。おまけに婚約の件で話題になっていたらしいじゃないですか。何でそのくらい教えてくれなかったんです?」
「だから……当初はお前に全て任せるつもりだったんだが、秀作さんに伝わった時点でご破算になった、それだけだ。甘えてんじゃねーぞ」

 そのとおり。僕も最初はそう思って、自分を戒めた。

「僕も最初は、自分が甘えていた故の違和感だと思っていました。じゃあ、言い方を変えましょうか。”一任していたから僕に情報を渡さなかった”という事実は、”解決して欲しくないから積極的に手伝わなかった”という別の一面も見えてくるように思えるんです。手を出さないという事実が一緒でも、その動機は全くの逆ベクトルですね」

 さっきのブラフは恐らく「雑談している余裕があるのか?」ではない。「その長門に関する雑談をするな」だ。最初のカマは確かに効いていたのだ。

「……」
「このベクトルは全く逆ですから、”解決せずにうやむやにしておきたい”という長門さん及び猫沖氏の意図と同じ方向を向いていることになる。さて妄想を続けますと、なぜアカネ先輩は彼ら……毒婦である長門さんの意図に沿う行動をしたんでしょうか。まあ、単純に長門さんに脅されて協力した、猫沖氏と同じく長門さんを心配して庇った、の2つ以外には思いつきませんね。」
 
 アカネ先輩のカードに触れる動作は、まったく変化はない。
 視線もこちらに向けることはない。
 正面切って殴り飛ばされることはなかった。よし、このまま続けられる。

「アカネ先輩が全ての黒幕で、アカネ先輩は僕を試験したい、長門さんはとうくんにロザリオを渡したい、という両者の思惑が一致して、芝居を打った、というのもアリですが、それなら猫沖氏を巻き込む理由がなくなります。むしろ長門さんにとっては誤解を招く可能性がある分、婚約者には知られずにやった方がいい。彼の発端は、猫沖氏が窓側の棚に置いてあったロザリオを長門さんが所有しているのを見て、婚約者の犯行に気付いた。そこで、いざという時に婚約者を守るために、あの珍妙なお悩み相談をしてきた、と考えた方が自然です」

 猫沖氏のメールから始まりエセ告解室に至るまでの変なお悩み相談が、計画されたものだとは思えない。アカネ先輩もそれは理解しているだろう。

 彼女はトランプをシャッフルしたまま、なかなかカードを配ってくれない。
 
「次のゲームを続けましょう。で、話も続けますね。アカネ先輩は脅されているのか、庇っているのか。これを考えるためには、いつ(、、)ベクトルの変更があったのかを検討しなければいけません」

 僕に5枚のカードが配られる。現時点で2ペア。1ペアは同じマークだ。チェンジによるひき次第で大きい勝負がかけられる。

「先程、『お前に全て任せるつもりだった』っておっしゃいましたよね。しかし、実際、エセ告解部屋の後に彼を視認するの手伝ってくれたじゃないですか。でも、その後の猫沖氏の情報は実に簡素なメール一行だった。それに、メールするくらいならエセ告解室の片付けをしている僕に直接言いに来たっていいはずだ。この後からカメラの映像など情報を提供するのに積極的でなくなる。つまり匿名相談者を視認する前までは普通に手伝うつもりはあった。そして視認した後には”解決して欲しくないから積極的に手伝わない”に変わっていた。ここには僕の妄想が入る余地は介在しない。このタイミングしかないんです」
「……5枚チェンジ」
 
 無言でチェンジをしていたアカネ先輩がチェンジ枚数を宣言した?
 そう思った瞬間、僕は彼女の爛々とした双眸に射抜かれていた。
 
 おう、ここが正念場だ。

 僕は深呼吸する。

「あの時は、猫沖氏だけじゃなく、長門さんも仕切りの向こうにいたんです(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)
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