12
文字数 2,529文字
翌日の日曜日は3人で人生ゲームをやった。寒波が酷く誰も外に出る気になれなかったからだ。未婚を誓った神父、聖母、童貞高校生はそれぞれ競うように子宝に恵まれ、借金にまみれながらも幸せな人生を全うした。
次のアクティビティは水曜日。僕は学校をサボった。土曜日と同じく公園でのアクテビティであったので、僕ら不審な3人組は遊具に影に隠れ、サークルメンバーと小学生を観察することにした。まさに通報待ったなしだ。
Y氏は
土曜は彼が参加していなかったせいか、金髪グラサンは彼の姿を視認することができなかった。先程、僕は小学生の一人に、さりげなく、本当にさりげなく「ハジメ君」が来ているかどうかを質問をした。大学生グループの方に聞くのは、長門が参加している以上、リスクが大きかった。
「後、1時間ほどで来るそうだ」
僕が爽やかさ五割増しの笑顔で、小学生から聞き込みを終了させると、クマの遊具にまたがったマリアが「お見事」と親指をたてた。防寒具でモコモコになっている。グラサンの方はパンダの遊具の影に隠れている。土曜日に引き続き公園にいると分かったら大学生と小学生からも不審がられるだろう。
「警察が来たりして……」
「おっさん、近くで時間つぶした方がいいかもしれん、本当に」
金髪グラサンは「大丈夫、大丈夫」と言いながらも、数分後には姿を消した。判断と行動が早くて助かる。
12月の1時間がここまで長いとは思わなかった。
大きな遊具(カバ、ゾウ)の影に隠れるものの、日曜から続く寒波は恐ろしい。
15時半。子供達と大学生の体力には驚かされる。なぜ中間の高校生である僕がここまで体力がないのだろうか。
暖かいミルクティー片手に張り込みを続けた。屋外では暖かい飲料をいただく。当たり前だ。
僕とマリアが2回目のシリトリを始めようとするが、ちょうど1時間であるため、僕は少し彼らの方へと近づく。
休憩している長門はお菓子を食べている。鼻の下を長くした周りの男子学生は、1時間前からとメンバーは変わらない。
「まだ、来ておらんようだ」
「寒くて来ないんだよ。わたしもそろそろ帰りたい」
「僕も帰りたくてしょうがねえ」
僕はさむさむと足踏みする。
木陰にあるアリクイを模したベンチにだらしなく横になるマリア。
本当に来るんだろうな……そう思うと一層疲れが襲ってきた。
そう思ってさらに40分。サークルメンバーの人員に増減はない。
マリアは空き缶を額の上に置き、ぐったりとしている。寝てしまったのか……と僕が思ったその時、
「む」
ガバッとマリアが上半身を起こした。空き缶が落ちる。
「寝てたんじゃなかったのか」
「寝てた」
「おはよう」
「ね、誰か来た?」
「うんにゃ、大学生の皆さんは、同じメンツで元気に遊んでらっしゃるよ。そろそろお開きじゃないか」
「……」
「どうした?」
「子供達の方は、人数増えた?」
「いや、それは……」
正直に言って、人数は確認していない。大学生と同じくらい時間に縛られない彼らのことであるから、勝手に来て、勝手に帰っていることもあるだろう。
「ハジメ君って男性……小学生なんじゃないの?」
それは何て……ことだ。
金髪グラサンの聞き込みのニュアンスは、明らかに男女の関係を匂わせるものであった。
彼は土曜時点で、ハジメを視認してはいない。だから勘違いの可能性もある。聞き込みした女子学生がいたずら心で、金髪眼鏡の聞き込みに答えた可能性もあるが……
マリアの一言は僕にざわりと薄暗い風を吹き付けるものがあった。
予感。悪い予感とも良い予感とも言えない、不安定な未来に対する恐れ……
「おい、本当にそろそろお開きだ」
そこにちょうど良いタイミングで、グラサンが戻ってくる。近くの喫茶店でうたた寝でもしてたのだろう。頬の肌に机の跡がついている。
「ねえ、”ハジメ君”の年齢は聞いた?」
「いや、本当に名前と…長門氏と近くに住んでいるということくらい……」
夕焼けの公園で、彼らの塊が散り散りになっていく。小学生たちの親が迎えに現れ、彼らに連れられ帰途へ向かう。
「長門さんを
日も落ち、薄闇が広がっていく。
住所から予想するに他の大学生メンバーと違って、長門は駅へと向かわない。徒歩で帰るに違いない。
大学生たちが簡単な挨拶をして別れ始める。半分以上は飲み会に行くようだ。グラサンは先回りして、公衆電話の影からその一団を観察し、戻ってくる。
「長門氏はおらんね」
そうこうするうちに公園はほぼ紺色の闇に包まれている。
最後に残っている人間……長門さんと
「マリアの言うとおりだ!」
街灯が付き、ちょうど二人の顔が遠目に見えた。
背の低い人影は、端正な顔立ちをした少年だ。手足もほっそりとして儚げな印象だ。小学校高学年にしては背の高い方かもしれない。
畜生、銭湯の中じゃまともに見えていなかったんだ―――
あれは―――「とうくん」じゃないか!
彼は長門さんの方に手を差し出した。それに対し、長門もにっこりと微笑み、手を握り返す。とうくんは少し頬を赤らめたのかもしれない。目を逸らし「帰ろう」と
駄目だ。男女の機微に疎い僕には、これが何を意味するのかが分からない。確信を持てないし、その判断に自信を持てない。ただ微笑ましい情景以上の何かは感じる。その何かが、どこへと続くものなのか、いわゆる猫沖氏との関係にもたらすのかが分からない。
僕たちは歩き出す二人の跡を追った。
そして二人は団地へと足を踏み入れ、電気のついていない一階の部屋へ入っていった。そこは明らかに長門の住所とは違う場所だった。
表札には「東」と書かれていた……