文字数 3,586文字

「お前は普通のヤツじゃ終わらねえ。腹ん中に物騒な獣を潜ませてやがる。あたしはそいつが欲しい」
 そんな殺し文句をもらったのはいつだったか。

 4階にある空き教室は、茜色に染まっている。 
 もう12月だから夕闇に染まるのももうすぐだろう。
 僕の横には背の高い美人がいる。今年の春に入学した僕に、例の殺し文句を吐いて強引に”放送部”なる部活に勧誘した女部長。一箇所に固めた4つの机の上にあぐらをかいて、トランプをシャッフルしている。スニーカーソックスを履いているので小麦色の足がさらに長く見えた。ライオンのようなウェーブがかかった髪に切れ長の野性的で理性的な双眸。私服制のこの高校で、制服風のファッションかつ日本人離れしたメリハリのある肉体はなかなか刺激が強い。
 彼女が率いる放送部は、「お悩み相談コーナー」を設けて昼休み放送のレクリエーションのひとつとしていた。娯楽のひとつとして成り立っているというのも、投稿者が匿名であることと、相談内容が極めてウケ狙いのライトなものであること、派手な部長らMC陣の軽妙なトークが人気であること、等々が揃っているからだ。
 
「一応、”お悩み相談”っつー看板掲げてるんだ。放っとくわけにもいかねーだろ。」

 つい先日のことだ。
 最近仲良くさせていただいている"聖母"の大人しい物言いとは逆ベクトルの、オラついた口調で彼女はそう呟いたのだった。

 目の前に簡易ブースのような薄い仕切りがある。プリントを掲示するための掲示板も兼ねていたようだ。画鋲の穴らしき傷がそこかしこに空いている。それを2枚横に並べてあるのは僕が身体を捻っても椅子から倒れても向こう側が見えないようにするためだ。
 こちら側には僕が座っている椅子と、先輩が胡座をかいている机がある。
 向こう側にも椅子が一脚置いてある、というより僕が用意した。これから来るであろう相談者のために。

「あたしは相談者が来たら退座するからな。一言一句聞き漏らすなよ」


 お昼休み放送ではなく、わざわざこんな場を用意してのお悩み相談になったのには理由がある。
 今回(、、)のお悩み相談はなぜか「悩んでいる。ぜひ相談に乗ってほしい」という内容とメールアドレスが記載された手紙のみであったそうである。
 そうである、というのは、まさに僕にとってろくでもない点に他ならないのだが、校内でブイブイ言わせる先輩が僕に手伝えと言ってきた。確かに僕はMCでもない暇な裏方である。

 先日、仕方なく記載の宛先に「僕が対応させていただきます。お悩みになっている内容を、できる範囲で教えてください」と送信した。翌日、返信がきていたので恐る恐る内容を確認してみる。
 しかし「誰にも言えずに悩んでいます……云々」といった感じでどうも要領を得ない。具体的にどんな悩みなのかがはっきりしないまま、数回のやり取りが続いたのだった。
 
 そこで僕と聖母マリア……以下マリアと記載するが、彼女が出したひとつ(、、、、)のアイデアがこれである。
 つまり、お互い見えない状態での”お悩み相談”だ。後で知ったのだが、カトリックで行われる許しの秘蹟―――いわゆる告解を模したものだ。もちろん僕はそんな権能を所持していはいない、このスタイルのみを拝借しただけだ。
 相談投稿者の、匿名を通したい意図は確実に認識していたし、この提案を送信した後の返信には時間がかかったのは、向こうも戸惑いがあったのだろう。「このまま何も解決しないのは困るでしょう」とダメ押しした結果、OKの旨の返事がきたので、日時を決めて送信し……今に至る。

 機材の準備や、先輩の秘書とは名ばかりの雑用業務しか経験がない僕には荷が勝ちすぎた。放送部の花形であるMCなど一度もやったことはない。

「まー、頑張れよ。職業倫理に基づいて録音はしないからな」

 他人事のように先輩はヘラヘラ笑っている。トランプをケースにしまい、空き机の中に放り込む。先程、僕はお互いの裸エプロン姿を賭けたポーカーでぼこぼこにされたが、慈悲によって保留にされた。ちなみに僕は一度も勝ったことがない。勝てたら裸エプロンに限らず、何でも願いを聞いてくれるそうだ。負けたがっているようにも見えなくもないが、僕の実力はまだ及ばない。
 僕と先輩が主にプレイするのはポーカーであるが、知力論理力その他ハッタリ全てを行使して対決するゲームである。現在全てにおいて勝っている先輩を倒せたとしたら、それは先輩の痴態をねっとり鑑賞する以上の価値がある。次期部長の座も夢ではないが、これに関しては特に興味はない。

 この後彼女はこの空き教室からしれっと退散する。受験生にあるような緊張感が一切感じられない。
 
「まだ、時間があるよな。あ、そういやーさあ」
「何ですか、アカネ先輩。僕は緊張してるんですがね、まるで模試前の受験生のように」
 自分でも渋面をしているのが分かった。
「ぼけーってさっきから座ってるだけじゃねーか。まあ、リハーサルだと思って聞け。すぐ終わる」
「……はあ」
「うちの店でさ、変な万引き騒ぎがあったのよ」
「はあ」
「冴えない返事すんじゃねえよ」
「……ははあ」

 ―――部長たる宇都宮アカネの実家は、宇都宮商店という雑貨店だかスーパーだか分からない小じんまりとした商店街の店である。しかし実は、全国にUスーパーなる郊外型大型スーパーを何店舗も持っているのだが、商店街の方は祖母が趣味的に続けている店であったと聞く。ヨーロッパで経営や哲学を学んだ代表取締役の父は本社オフィスのある東京に住み、跡取りである彼女は創業の地である宇都宮商店で祖母から英才教育を受けている、という設定だそうだ。本当のところはよく分からないが、彼女が経営者として人の上に立つのは何も不思議のないことのように思えた。

「あの店に万引きするようなものありましたっけ」
「失礼なこというんじゃねえよ、いつもモノで溢れているだろ」
「商品だか私物だか、分かんない状況になってたような気が……」

 学校に近いせいか、放送部のメンバー数人でだべることがある。駄菓子屋よろしく奥に畳の間があって、談笑できる場になっているのだ。

「そこらへんにさ、キョーコからもらったトルコ土産を置いてたのよ」
「キョーコって誰でしたっけ」
「問題はそこじゃなくてな、お店のそこらへんがいつも混沌としてるじゃん? で、適当に私や育子ばあちゃんが片付けているうちにお店の棚にちょっと置いてあったりするわけよ」
「在庫棚卸とかどうなってんですか」

 やはり祖母からの商売の英才教育を受けているというのは嘘に違いない。
 言うまでもなく、育子というのは先輩の祖母の名前だ。ちなみにあの店に老婆は一人しかいない。
 アカネ先輩は僕の問いかけを無視して続ける。

「そのトルコ土産なんだけどさ、キレイで気に入っててさあ」

 むむむとわざとらしく、胸の前で腕を組む。眉毛がへの時になり、大きな胸がたわむ。
 ……そして、眼をぱっと開く。

「いつの間にかどっか行っててショック、ウェーイ」
「ウェーイじゃないよ。それって万引きじゃないでしょ。単に紛失しただけでしょ」

「それがさあ」うーん、と腕を汲んで頭をかしげる。お昼の放送でも当意即妙なやりとりを続ける彼女であるが、今の仕草はアホっぽい。男性も女性も引きつける魅力はこういうところにもあるのかもしれない。

「いくら探しても見つからねえ。あそこは雑多としてるけど、育子ばあちゃんも現役バリバリの脳みそだから紛失も一度もねエ。だから、もう最近流行りの高齢者による万引きじゃないか、ってね」

「短絡的じゃないっすか。ウェーイ」

 無表情で僕は言った。

「ウェーイじゃねえよ。高齢者にしてもさあ、そんなお土産なんて盗むかなあ、って思うだろ? 変だろ?」

 ふと、机の上にある僕の携帯電話にメールが入る。
 Mr.某X氏という名前で登録した、例の相談者からだった。Mr.と氏、Xと某、意味が重複しているのは承知している。

「予定通り5時には来るみたいですね」

 僕は画面のロックを外し、了解した旨の返事を送信する。

 アカネ先輩は重力を感じさせない動作で、机の上から降りた。

「無駄話終了。さて、じゃ、頼んだぞ」
「ういっす、あ、そういや万引き疑惑?のトルコ土産って何だったんですか?」

 空き教室を出ていこうとする彼女はこちらを振り返る。

「何だと思う?」と言いながら右腕を縦に、左腕を床と水平にして胸の前でクロスさせる。
「ロザリオ」

 ―――ウルトラマンの必殺技ってそんな名前だったっけ、と僕は思った。


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