18
文字数 2,009文字
24日クリスマス、イブ。
さすがにあの2人も疲れたのか飽きたのか、大人しい。
ここ数日は、金髪グラサンはクリスマスイルミネーションを見るために、都心の繁華街を一人で徘徊しており、それなのにコンビニで買えるようなお菓子をお土産として買ってくる。マリアも用もなく現れ、僕のこたつでクマさんを抱きながらお菓子を食べては、うたた寝と覚醒を繰り返していた。
25日にアカネ先輩と相対することが確定している以上、僕の心中は穏やかならざるはずなのだが、不思議と彼らといる間は心安らかであった。
必要なブツは速達で届いたし、関係者への聞き取りは済ませた。マリアは宅急便の受取をしてくれないので、この速達についてはピンチだったが……
3人で閉店時間間近に銭湯へと向かった。
勝負の前の潔斎だ、と金髪グラサンは言っていた。
明日は大雪でしょう、との天気予報どおり既にこの時点から雪が振り始めている。
僕らがついた時には、やはり客は他にいない。
金髪グラサンと僕は無言で湯船に使っていた。
僕は意を決すると、暖かい湯船から水風呂へと向かった。
金髪グラサンも「正気か」と冗談は言わない。「先に行っている」と言い残し、脱衣場へと向かっていった。
眼鏡を外し、水風呂に身体を大の字に広げ、たゆたう。
暖かい身体は芯まで冷えていく。頭の奥が清涼になり、冴え渡っていくようだ。
できることはした。できないことはできていない。
宇都宮アカネにどこまで対峙できるか。
いや、対峙だけではない。僕は勝利して彼女を噛み殺さなければいけない。
まだ決心がついていないのか。
自分に問いかける。
まだ甘えが残っているんじゃないのか。
自分は答えない。
僕が用意した論理はどれだけ通用するだろう。
―――まだ弱い。
ダメ押しの一手が弱い。
勝負はいつも万全の状態で臨めるとは限らない。
不測の事態も起きる。
だから、今持っている
覚悟を決めろ。
僕は眼を閉じる。
全てが不安定で曖昧になっていく。
―――ふと、どこで感じたような感覚―――懐かしく、暖かい。
包み込まれるような、柔らかな温もりを感じる。
ああ、今、僕は誰かに頭を抱かれている。
凄く心地良い―――
「君は馬鹿だ」
少女の、いつもの心地よい声。
眼は瞑っているが、彼女の肉体を細部まで実感することができる。確かに彼女はここにいる。
「馬鹿なのは分かってる」
僕を閉じたまま答えた。
「―――君は何を望むんだい?」
彼女の奇跡を発現させるキーが僕だとしたら、僕は何をすれば良いのだろう。
しかし、聖母マリアが起こすのは宗教的奇跡なのだ。僕が僕のために望むものではない。
「僕は……何もいらない」
「本当に?」
「そうだね。願わくば、君に僕の中に眠る
宇都宮アカネに打ち勝つための何か。
それが存在しないなら僕は凡人以下の凡人として生きる。
「君が最初に現れた時に言っていただろう? 僕には何かが眠っているって」
「ふふ、そうだっけ……忘れちゃった」
彼女の笑みがよく見えるようだった。
「じゃあね、起こしてあげる。いつもは君に起こしてもらっているから」
ぎゅっと僕の頭が抱きしめられる。
僕の魂が身体が、抱擁されていくようだった。このまま溶けていくようだった。
そして―――1滴、2滴、3滴と雫が滴り落ちる。
額から鼻梁に流れ、眼の窪みに溜まっていく……
暖かい。まどろんでいくようだな暖かさ。
ああ、気持ち良い……
どのくらい時間が過ぎただろう。
僕が眼を開けた時には、もう誰もいなかった。
指先が氷のように冷え切っている。
少々、水風呂に浸かりすぎたようだ。
軽く目眩を感じながら着替えを済ませ、金髪グラサンとマリアと合流した時には、足元もおぼつかなくなっていた。
この足取りで積もり始めた雪の上を歩くのは危険と彼らは判断したようだ。不覚にも、金髪グラサンの骨ばった背中に背負われ、帰途につくことになった。
視界がぐるぐると回っているようで吐き気がする。
安アパートに着いても、未だ僕は千鳥足だった。いつものマリアのように、僕が布団に寝かされる番だった。
「今日はたっぷり寝たまえ」
金髪グラサンの捨て台詞だか、労りの台詞だか分からない言葉を受け、僕は布団に倒れ込む。
「おやすみ」
マリアが僕の眼鏡を外して傍らに置いてくれた。
真っ暗な部屋に一人、取り残される。
恐る恐る眼を開けてみる。
これで僕は彼女に