文字数 1,906文字

「……で、つまりお悩みというのは」

 目の前で無意識に組んでいた手が、汗だらけになっているのに気付いた。

「ロザリオがなぜ消えてしまったのか知りたい、そして見つけて欲しいということでしょうか……?」
 一言でまとめるには無理がある依頼内容だ。
 例のガサゴソという音がする。そしてガサゴソ音が消えると、向こうでごくりと唾を飲む音がした。

「……僕のものではないんで見つけて欲しいというと変だけど、そうですね、見つけて欲しい(、、、、、、、)

 向こうから再び音がする。この瞬間、空間の中の緊張の糸というべきものが一気に張りつめたような不穏な感覚に襲われた。
 気のせいとして片付けてしまいたい衝動と別に、疑問が頭のなかでもたげてくる。僕はそれを頭の片隅に追いやろうとする。
 ―――それは見つけてしまっていいものなのか?
 それから僕は二、三個の質問をした。
 ただ、必要なことは全て伝えた、と言わんばかりで彼の回答もほとんど意味をなさないものになっていった。「何となく」とか「そうかもしれない」とか、まるで自分が体験したはずであるのに、適当な相槌のようであった。暖簾に腕押し状態に戻ってしまったようである。ただ近くの棚に落ちていないか、など確認はしっかりしたと述べた。
 僕はX氏をここらで解放するしかない、と判断した。

「……それでは本当にありがとう」

 ゆっくりとした足音である。彼が去り、ドアが閉まると、空き教室には静寂が再び訪れた。




 アカネ先輩の発言とX氏の発言を総合すると、ロザリオが宇都宮商店から消えてなくなり、その瞬間をX氏が見ていた。そしてそれは本当に消えてなくなったのであり、何が起きたのか知りたい、というのがX氏の依頼である。
 笑いのネタにならないオカルトは放送部のどの部員でも扱いきれないだろう。
 仕切りと椅子を簡単に片付けながら、携帯電話を持ち上げる。
 エセ告解が終わったことを念のため報告する。念のため、というのは携帯電話はずっと(、、、)通話状態だったからだ。

「今、終わりました」
「おう、お役目ご苦労」
「間もなく、そちらに向かうと思います。話した内容はまとめて後でメールします」
「おっけ、じゃあこっちもすぐメールする。(、、、、、、、、、、、)

 マリアの知恵の2つめがこれだ。
 相談相手のX氏が正体を隠したいという意図があったからこそ、仕切りでお互い見えないようにしてエセ告解室を作った。しかし、その意図を、馬鹿正直に一方的にこちらを汲んでやる必要があるだろうか?と。
 空き教室の中のお悩み相談でも埒が明かなかったら――――
 そいつが誰か覗き見て(、、、、)しまえばいいのだ。X氏が誰だか分かることによってこちらが一気に有利になる。
 お悩み相談に有利不利もないが―――、万引きや紛失が絡むこの状況においてこの表現は正しいだろう。
 
 ここは4階にある空き教室だ。最上階が4階だから上にあがる階段は屋上に向かうものだけである。その屋上行き階段の影の埃くさいスペースにアカネ先輩が隠れているのだ。だから、そこから彼女が依頼人X氏を覗き見ることができる。

「どうかと思うがなあ」

 結局、告解という宗教行為を根本からひっくり返すような、人格を疑うような底意地の悪い作戦をたてたのは彼女なのだ。
 自称”聖母マリア”は冷静にこう言った。

「いいじゃない。君はそもそもクリスチャンじゃないし。そもそも告解と銘打っているわけでもないし。遂行したい目的があるならどんな手段であって使うべき」
  
 マリアの物言いを思い出しながら、僕はX氏との会話内容をメールの文面に書き起こしていく。聞き取れなかったであろう部分の補足にしか使われないだろう。時間はそんなにかからなかった。送信ボタンを押す。
 電話で相談終了の連絡をして、その3分以内にはアカネ先輩はX氏の正体を視認しているはずだ。
 しかし。

「……返信が遅いな」

 そもそもアカネ先輩は、階段の影から盗み見したX氏の正体を僕にメールするだけだ。全校生徒の顔と名前を覚えているから心配不要だ、と豪語していたが、忘れたのだろうか。いや、そんなはずはない……
 空き教室の、机、椅子、仕切りに使った掲示板を片付け終わるには時間はかからなかったが、窓の外は闇に包まれていた。このまま蛍光灯をつけてアカネ先輩が待つのも億劫だ。
 僕は帰る準備にとりかかった。
 どうも腑に落ちないことが多すぎる。

 冬風が窓ガラスをガタガタ震わせているのを見て、僕は思わず首をすくめた。

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