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文字数 2,192文字
「そうですね、カマかけはカード勝負の醍醐味ですわなあ」
そうだ、僕は薄氷の上を歩んでいるのだ。
僕こそ精一杯だ。
「制限時刻時点でチップが少ないほうが負け、でいいですね」
「言うまでもなく、途中でスッカラカンになっても負けだ」
「制限時刻はいつにしましょう」
「今夜はあたしを寝かせないんだろ? 今日はARDFに備えた無線部の合宿がある。そこの顧問に話を通せば、明日の朝8時まで居座れる。誰にも邪魔させん。」
ARDFはアマチュア無線を使った大会のようなもので、夜を挟んで行う。今日はそのリハーサルを兼ねた合宿だった。
「本気であたしと一晩過ごすつもりだったんだな」
やはりアカネ先輩は偶然でないことを見抜いているようだ。
最初のシャッフルはアカネ先輩が行う。
配られたカード5枚で役を作り、役の強さ弱さで勝ち負けが決定するのがポーカーだが、チップを使ったカジノルールとなると、全く別の様相を呈する。
お互いがカードを開示し勝負するまでに、プレーヤーはチップを使って賭け額を釣り上げていくわけだが、役が弱くても賭け額を釣り上げても良い。相手が自分の役の強さを警戒して、相手が自らドロップする可能性があるからだ。
逆に勝てる自信があるくらいの強いカードを持っていたならば、相手にドロップさせずに出来るだけ賭け額を釣り上げて、勝負してもらわなければならない。
2人の釣り上げていった賭け額が同じになった時点で
つまり運悪くカードが弱くてもハッタリで勝負できるし、カードが強くてもそれを見透かされれば逃げられる。相手が何を考えているか、相手は自分のブラフにどう反応するか、その反応こそが相手のブラフではないか、と心の中を読み合い自分のカードで勝負して良いか判断せねばならない。
まさに頭脳を高圧電流をかけ続けるような心理戦を、僕らは徹夜で行おうとしている。
「金はかかっていないが気を抜くつもりは一切ない。あたしが負けたら、あたしの真実を捻じ曲げなければいけなくなる。お前を犯人として突き出さねばならなくなる」
一回目で配られたカードを1秒見てチップを置く。初手からかなりの強気だ。僕の出方を見たいのか、勝負をしかけて僕のチップをもぎ取りたいのか。僕は場代だけを置いた。場代というシステムがあるので、チップの動きがない勝負の回はない。
僕はあなたに、僕の構築した真実を認めてもらわなければならない。それは、あなたの言うとおり明らかな虚構だ。猫沖氏は長門さんと結婚し、とうくんは長門さんから盗品のロザリオをもらう。明らかに欺瞞しかない。しかし、誰も傷つかない選択肢を、僕は示すことができた。それは僕という犠牲がいることで明らかに欺瞞なのだが、僕は敗者ではなく勝者となる。
−−−この思考自体が独善的な妄執だ。それは分かっている。
でも、これこそが自分が成すべきことなのだ、と胸を張って言う自信がある。
僕の中に眠る怪物が本物なのか、ここで詳らかにしないと僕は先に進めない。アカネ先輩の横に座っていることができない。
勝負は手早く進められていく。
お菓子も消費され、飲み物も減っていく。
ポテトチップスの油分がトランプに付かないようウェットティッシュもボックスで持ってきたかいがあるというものだ。
「何か無駄話をしてもいいだんぜ。相手を安心させたり動揺させて、隙を作るのも常套手段だ」
「そうですね……実は僕、女の子なんです。今は厚着で分かりにくいんですが、Dカップはあります」
「脱いでくれ。確かめる」
「いや、ちょっと寒いんで勘弁してください」
「じゃあ、あたしもひとつ。実は今ノーパンだ。今脱ぐから確かめてくれてもいいぞ」
いつものように、アカネ先輩は長過ぎる足を折り曲げ、椅子の上で胡座をかいた。膝が机の両横からはみ出ている。
誤ってカードを一枚下に落としたい衝動に駆られる。
「……履いていないものをどうやって脱ぐんです?」
「全裸になれば一目瞭然だろう」
「全裸になった時点で、最初から履いていたか履いていないか確認できないでしょう。つまり、アカネ先輩は見せたいんですか。この変態」
「こんな見事な身体を自分しか見られないというのがおかしいだろう」
厚着の上からも分かる自身の巨乳をむんずと鷲掴みにする。
「ダメですよ、童貞をからかうには悪質な揺さぶりだ。こんな寒い日にノーパンのわけないでしょ」
「お前はいくら寒くても、屋内なら冷たいお茶を飲むだろう? つまり部屋が暖かければあたしは屋内で下着をつける必要もないということだ」
「詭弁です」
「じゃあ、確かめてみるか」
「僕がもう一回カードチェンジしていいんだったら、確かめてあげます」
「やるな、お前」
アカネ先輩が口笛を吹いた。
「いつもみたいに机4つ合わせて、その上で開脚したり四つん這いになって、最後の最後でそろりとミニスカートをたくし上げてください」
「いきなりムッツリ丸出しの願望が出たな。気持ち悪いんで止めてください」
「………」
この心地よいやりとりがずっと続けば良いのに、ふと僕はそんなことを考えた。