エピローグ

文字数 1,447文字

 ここからはとりとめのない独白になる。

 僕は高校卒業後はヨーロッパの大学に進んだ。父の転勤に付いていっただけだが、神学過程に入り幾つかの教育機関を経た後、司祭になった。父はアジアやアフリカの国を幾つか歴任した後ついに某国の大使となり、今は天下って民間にいる。

 親の縁が末代まで、と言うつもりはないが、僕もインド等の発展途上国を奉仕活動のためいくつも廻った。今は、フランスの田舎の教会の司祭として、穏やかな生活を送っているが、またどこかに飛ばされるのか、あるいはヴァチカン勤務への道が開けるのか分からない。

 いずれも神のご意志なのだろう、と説明しておく。

 神のご意志と言えば、今の教会に、アジア出身司祭が僕以外にもう一人勤務することになった。ブラジルのイエズス会士だったそうだが、何とあの東肇少年(とうくん)だった。

 線が細い印象は変わらないが、たくましい青年へと様変わりしていた。
 あの時のロザリオはまだ所有しており、修理を繰り返し使用しているそうだ。

 教会の部屋で、我々は昔話に花を咲かせた。

「あの時、聖母様がボクの眼の前に現れたんだと思いました。足もすぐに治りますように、って言ってくれたんです。おかげでブラジルの病院では三ヶ月しか(、、)お世話になっていません」
「……へえ、聖母マリアが目の前に?」
「ええ、でもあれは夢だったのかもしれません。ぼんやりとしていましたから。でも、ボクがイメージしてたとおりの、優しそうで慈愛に溢れた、美しい金髪(、、)の聖母様でしたね。長門さんからこのロザリオをもらった後、すぐにうとうとしてしまって……聖母様が現れて、ボクのズボンを脱がして足をお癒やしになったんです。」
 
 なるほど。
 少なくとも僕と面識があった聖母マリアは髪の黒い(、、)十三歳前後の少女だった。ユダヤ人だ。金髪ではない。
 後、今思えば、長門さんは聖書劇の経験があったはずだ。恐らく聖母マリア役で。
 
 そして思い出すことがもうひとつ。
 僕は、マリアと金髪グラサンが、僕以外(、、)の人間と話しているところを見たことがない。男子小学生の足を癒やすために現れたのは誰だったのか? 男子高校生の視力は何によって回復したのか?

 確かな信仰を持てた今となっては、あの時何があったとしてもなかったとしても揺らぐことはない。僕のなかでは、確かに真実であり続けているからだ。
 
 だからこそ、やらなければいけないことがひとつある。
 悪徳を悪徳のままにしてはならない。決着をつけなければならない。
 
 ふと、扉がノックされ来客者の訪れを知らされる。
 僕は席を立ち、礼拝堂へと向かった。

 漆喰で固められた大きなドーム型礼拝堂。
 今は暇でも、夏には世界中から観光客が訪れる。

 麦わら帽子を被ったワンピースの女性がひとり腰掛けている。
 かのロザリオに似たチェーンのネックレスをつけている。
 僕の姿を見ると、彼女は麦わら帽子を脱いで会釈した。

 傍らに立ち、僕も会釈する。


「お久しぶりです、長門さん」
「直接顔を合わせるのは初めてかしら?」
「そうですね、初めてでしょう」

 彼女は僕を見上げる。
 サングラス越しの僕の視線と、彼女の視線が交叉する。

「あなたは……信じているものを失っても、なお立ち続けることができるのかしら?」

 

                                   (了)
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