第116話 孤独と疎外感1 ~傷だらけの心~  Aパート

文字数 7,293文字


 「彩風さんの気持ちは分かるけれど。取り敢えず席について」
 そのままにしておいたら取っ組み合いの喧嘩に発展しそうだったから、急ぎ雪野さんと彩風さんの元まで足を運んで二人を離して、そのまま彩風さんを席まで連れて行く。
 とは言っても私も彩風さんの気持ちは手に取るように分かるから、雪野さん云々では無くて、倉本君からの怒声に対する意味合いの方が強かったりはする。そして優希君がその隙にまた、雪野さんの介抱を始める。
「霧華! まず雪野に謝れ」
 その横から倉本君が泣いている彩風さんに強い口調で言い放つ。
「副会長も何で冬ちゃんに優しくしてるんですかっ! まさかとは思いますけど、先週の事と愛先輩の涙の事まで忘れたんですか! 次に愛先輩を泣かせたら『彩風さん。私の事は大丈夫だから一旦落ち着こう? 優希君は雪野さんの気持ちを理解しようとしてくれているだけだから』――っ! なんでみんな冬ちゃんにばっかり甘いんですかっ! 今日は冬ちゃんのせいで本当に最低だったんですよ?!」
 それでも倉本君の言葉に耳を傾けずに彩風さんが、私を振り切って雪野さんの元へ向かおうとする。
 その姿も含めて、今回の交渉の失敗は巻本先生から聞いていた話からすると、十分に予想出来る範疇だった。
 そして不思議なもので、さっきまで私が今も涙を流している彩風さんと同じ状態だった事を思うと、不思議とこっちの気持ちが落ち着いて来る。そうこうしている間に優希君の方も一通り雪野さんの介抱が終わったにもかかわらず、肝心の倉本君が口を開く様子はない。
「……倉本君?」
 私が声を掛けると、
「霧華が雪野に謝るまで俺は待つからな」
 倉本君がとんでもない事を言い出す。
 彩風さんがどんな気持ちで雪野さんを理解しようとしていたのか。自分の気持ちを押し殺して私のお願いに耳を傾けてくれていたのか。
 そして涙を流している彩風さんが今どんな気持ちなのか。どうしてそうまでして倉本君は彩風さんを見ないのか。私もさっき優希君に止められなかったら同じ事をしようとしていた手前、彩風さんの気持ちは分かってしまう。そう思ってしまうとさっきの雪野さんに対する優希君の対応も相まって、激情がまた満ち始める。
「彩風さんの優しい思いやりの気持ちは分かるから、今回は謝らなくて良いからね――倉本君いい加減にして。彩風さんが謝らないといけない、話を始めないって言うんなら、雪野さんにビンタしようとした私も謝らないと駄目って事で良いんだよね」
 でもそれはいったん置いておくにしても、一体倉本君がどういうつもりなのかちゃんと確認はしたい。
「愛先輩……」
「実は私もね、彩風さん達が教頭先生との交渉に行ってもらっている間に、優希君に躱されてしまいはしたけれど、雪野さんにビンタしようとしたんだよ」
 だから自分から包み隠さず雪野さんにした事を話す。
「ただ、勘違いしないで欲しいのはちゃんと優希君なりに私への想いがあっての事だから、優希君に対して怒ったりはしないでね」
 話の途中から、金曜日の事があるからか彩風さんの優希君を見る目が変わる。だから私は全然納得はしていないけれどちゃんと優希君の気持ちが伝わっている事だけはフォローを入れておく。
「それで倉本君。当然私も雪野さんに謝らないと会議を始めないって事で本当に良いんだね」
 その上で、本題である倉本君にもう一度確認を取る。
 何があっても彩風さんだけを悪者にはしない。
「いや……それはその……霧華、悪かった。俺も頭に血が昇り過ぎてた」
 私では到底たどり着けない考え方と知識で答えにたどり着けるのだから、確かに仕事中の倉本君はすごいと思う。それに、
「みんなの事もよく見ているし、気配りも出来る所はカッコ良いって思える『っ!』のに、どうして人の心は大切に出来ないの? みんなの頑張りと努力を無駄にしたのは雪野さんの方なんじゃないの? それに前にも言ったけれど、倉本君は雪野さんにだけ甘すぎるんじゃない? 倉本君が彩風さんに対してそこまで言うんなら、私の質問に答えてくれるまでは、倉本君とは口を利かないけれど、どうする?」
 でも前から言っているように、いくら社会や会社の中ですごく人望があっても、私はそれじゃあ幸せになれない。
 やっぱり自分の意見を好きな人にはちゃんと聞いてもらいたいし、私自身も大切にして欲しい。

 ただ倉本君もまた、教頭先生から色々言われて来ただろう事くらいは分かる。本来ならそっちの慰めとか励ましとかをしたかったのだけれど、どうにも彩風さんに対してだけ冷たい言い方なのが気に入らない。
 私の気持ちを一通り口にして、最後に雪野さんをひと睨みすると、
「愛美さん。雪野さんが僕たちの頑張りを無駄にしたって言うのはどう言う事?」
 本当なら倉本君が皆に言わないといけない事なんだろうけれど、私に言われた事なのか、教頭生徒の交渉の影響なのか、その倉本君は完全に落ち込んでいる。
 その上、彩風さんも先の交渉で耳にしたのは間違いなさそうだからと口を開く。
「昨日の雪野さんと教頭先生の面談の時に、自分から統括会を降りるって言ったんだよ」
 さすがに予想していなかったのか、優希君を含む統括会のメンバー全員が驚く。
「……岡本さん、知ってたのか?!」
 何でか倉本君が驚きの表情を見せるけれど、私の質問に答えてくれない倉本君とは口を利かない。
「……ねぇ雪野さん。改めて聞くけれどどういうつもりなの? 何でそんな結論になったのか説明して。言っとくけれど、私は倉本君みたいに甘くも優しくも無いよ。だからさっきみたいなとぼけたフリは今度はさせるつもりないから」
 全部明るみに出してしまったからか、感情と言う感情を浮かべずに私の方を見返す雪野さんに焦点を当てる。
「どう言うつもりも何もワタシが教頭先生を説得できなかったって言うだけの話じゃないですか」
 そんな言い方だったら優珠希ちゃんじゃなくても、手が出るに決まっているって。
「雪野さん、ふざけんなって何回言わせんの? 雪野さんは自分から降りるって言ったんでしょ? なのに何を教頭先生のせいにしようとしてんの?」
 でも手を出そうとすると、また優希君が雪野さんに優しくしてしまいそうだから、手と足を我慢する代わりに声に出してどうにか自分の中の感情をやり過ごす。
「説得できなかったから、ワタシ自身が降りますって言ったんです」
 それでも頑なに自分の意見を変えるつもりは無さそうだ。
「雪野さん。彩風さんにはたかれた意味、まだ分かってない?」
「愛先輩……」
 さすがに彩風さんの気持ちを全て汲めているとは思えないけれど、それでも彩風さんから感じる視線にくすぐったさを覚える。
「ワタシが中途半端な事をしたからですよね」
 それでも雪野さんが全てを終わらせた気でいるのか、表情だけは穏やかだ。
「中途半端ってどういう事よ」
 雪野さんのその表情と短い説明だけでは何とも言えない。
 ただ、一応最後まで雪野さんの話を聞くようには意識はする。
「どうせ降りるなら、あの鼎談(ていだん)の時にワタシの意思を伝えておけば皆さんにご迷惑をおかけしなくて済んだって言う意味です」
 だけれど雪野さんの口から出て来たのは、そもそもここに雪野さんがいる事が間違いだったと取れなくもない発言だった。
「愛先輩。もうこんな不毛なやり取りは辞めましょう。冬ちゃんが自分で降りるって言ったんですからもう良いじゃないですか」
 雪野さんのあんまりな発言を聞いて、彩風さんが完全に匙を投げてしまう。
 そうなってしまうと雪野さんと仲直りをしてもらう事も絶望的になりかねないし、そうなると私に課せられた課題を達成する事も難しくなってしまう。
 ただ、何よりも懸念しなければいけないのが、このまま降りてしまうと雪野さん自身が完全に孤立しかねないと言う事だ。
「彩風さんにも雪野さんにも一度言ったけれど、途中で辞める事は私は、認めないよ。何としてでも続けてもらう」
 だから、雪野さんに対する感情が変わったとしても、結論自体は変わらない。
「どうしてですか?! 本人が辞めたいって言ってるのに、無理やり活動させる必要、あるんですか!」
 学校側は保留にすると言う判断を下している事を知らない雪野さんがもう学校の決定を覆らせる事は出来ない、決定事項だと思っているのか。
 雪野さんの表面上の感情は揺れてはいない。

 そしていつもの通り、こういう話をする時には直接聞いてあげない。
 優希君の前でこの喋り方をしなければいけない事だけは残念だけれど、彩風さんと中条さんには私が優しくも、甘くも無いって言う事を知ってもらうには良い機会だと思う事にする。
「どうして嘘をつくの? 辞めたくないならそう言えば良いじゃない」
 だから表面上は平静を装っている雪野さんの仮面をたたき割る事にする。
「ワタシ辞めたくないなんて一言も言ってないのに、勝手に話を作らないで下さい」
 二年での無責任な噂が相当堪えているのか、たった一言で瞳を揺らし始める雪野さん。
 でも私の方には勝手に話を作っているつもりは無いし、雪野さんを強制しているつもりもない。
「そこまでして、自分にまで嘘をつくんなら、もう優希君と会う必要も喋る必要もないね」
 ただ、雪野さん自身の気持ちに正面から向き合わせようとしているだけだ。
「結局そうなんじゃないですか。ワタシがいなくなれば岡本先輩にとって目障りな――」 
「ちょっと愛美さん! だから暴力は駄目だって!」
 なのに毎回毎回、優希君を恋愛対象としてしか雪野さんの目を覚まさせようとしたら、また優希君が立ちはだかる。
 今日は雪野さんの前と自分の席の往復がすごく多い。
「何で? 何で自分の心に嘘をつく雪野さんをかばうの?」
 その事が悔しくて、腹立たしくて、私の視界がまたぼやけ始める。
「愛美さんの言いたい事とやりたい事は分かるけど、それじゃ――」
「――良いんです。大丈夫です。空木先輩一人だけにでも分かって貰えたら、ワタシは頑張れますから」
 本当にその通りなのか、揺れた瞳が戻り、声にも力が戻っている。
 そんな二人のやり取りを見ていたら、どう考えても雪野さんには優希君が必要で、お互いがしっかりと支え合っているようにも見える。その姿は優希君の本当の相手は雪野さんにように思えて来る。
 ――俺は雪野には空木が必要なんだと思う――  (53話)
 ふいにいつの日かに倉本君に言われた言葉を思い出す。
 人を見る目だけはある倉本君。今の状況を見てみるとそのままだ。
「じゃあ優希君は、このまま雪野さんが自分の心に嘘をついたまま辞めても良いって言う事なの?」
 でも、先週の金曜日みたいには逃げない。私は、私の気持ちを二人に分かって貰う。
 もちろんその中には彩風さんや、未だ彩風さんのフォローをしてくれないまま項垂れている倉本君の意思も入っている。
「僕にもそんなつもりはないよ。でも、愛美さんのその言い方だと雪野さんには辛すぎると思うし、愛美さん自身にも暴力は振るって欲しくはないって気持ちもあるから、ここは退けない。ただ話をするだけ、暴力は振るわないって言うんなら、僕からは口を出すつもりはないから」
 無論優希君の想いも。
「霧華すまんかった。ただどう言う理由があっても暴力だけは駄目だって事は分かって欲しい。それに雪野に甘いつもりはない。ただ雪野に俺の気持ちを分かって貰いたいだけだ」
 私に言いたい事があるからか、それとも彩風さんに対して純粋に悪いと思ってくれたのか、あるいは……雪野さんだけに甘い理由が言えないから別の理由を後付けしたのか。
 どちらにしても金曜日の彩風さんの言葉を止めた倉本君が、私に対して何かやましい気持ちがあるのは確実なのだ。
「倉本君。これで次は無いって言った三回目だからね」
 涙顔の彩風さんが頷くのを確認して、倉本君に念押しする。
「で? 雪野さん。何で自分の心に嘘をつくの? 言っとくけれど私が納得できる理由じゃなかったら、直接教頭先生の所に乗り込むつもりでいるから、よく考えて答えてよ?」
 どんな理由があっても、雪野さんの言葉には納得しないと決めてしまってから、雪野さんの回答を待つ。
「……なぁ岡本さん。一つ聞きたいんだが、俺はさっきの交渉の時まで雪野が言ってた事を知らなかったんだが、岡本さんはいつどこで知ったんだ?」
 その間に倉本君の口から出て来た質問に、てっきり倉本君も知っていると思っていただけに、私も心底驚く。
 そう言えばさっきも倉本君、驚いていたっけ。
 だから統括会直前に先生から聞いた事をそのまま説明する。
「俺ってそこまで学校側からの信頼を落としていたんだな」
 私の言葉を聞いた倉本君が愕然と項垂れる。
「でもそれも含めて全て清くんの管理責任と言われたんです。管理能力が明らかに足りていない、たった四人ですらも把握が出来ていない、状況がつかめていない。本当にボロボロに言われただけで、冬ちゃんの話すら出来なかったんですよ! そこにいる冬ちゃんのせいでっ!」
 遅ればせながら、交渉の時の話を聞かせてもらうのも一応優希君とのお揃いのペンで後で記録しようと頭の片隅に置いておく。
「霧華、その言い方はよせ。確かに教頭の言い方はキツイが間違った事を言われたわけじゃない。前日に雪野が教頭と交渉した事は把握してたんだから、それはこっちが確認しないといけなかった事には違いない。昨日は霧華もいたから覚えてると思うけど、“知”知ってるだけじゃ駄目なんだ。“英知”その知識を正しく使えないと駄目なんだ」
 だから雪野さん相手には何も言わないのかもしれないし、甘いのかもしれない。
 でもそれらはやっぱり、彩風さんが口を開こうとした倉本君のなにがしらに繋がっているのだと思う。
「それは冬ちゃんから言うもんじゃないの? 全部清くんの方から聞かないといけないものなの?」
「霧華の言いたい事は分かるが、もしそれが言いにくい事、今回に限っては完全に的外れではあるが、言い忘れとかな。ただ今回に限っては雪野は当事者だから言いにくい部分もあるとは思う。だからこっちから耳を傾けるのは必要な事だ」
 私が三度倉本君をたしなめたからか、それとも彩風さんの話が的を得ていたからなのか、饒舌に説明する倉本君。
 彩風さんを大切に、仲良くしてくれるのならとそっちはいったんお任せする事にして、
「で? 雪野さんはまだ?」
 雪野さんに催促をする。
 倉本君や優希君は雪野さんになんでか甘いけれど、私はそんなに甘くはないし、簡単には納得してあげない。
 急かす私に慌てる事無く、睨んで来るだけで一向に私を納得させてくれる気配は感じない。
「言う気すらないんならここから先は全部言い訳として取るけれど、構わないよね? 後、私を納得させられなかったんだから明日中には教頭先生に談判に行くから」
 落ち込んだ倉本君を励ますのは彩風さんに全て任せる事にして、こっちは一旦雪野さんに集中させてもらう。
「あの鼎談(ていだん)の時に辞めるべきだったと言うのなら、バイトと暴力の騒動の時、周りから勝手な噂、悪意ある情報だったにもかかわらず、何で本人に話を聞きに行ってまでしっかり考えて行動してくれたの? 本当に辞めたい、やる気ないって言うんなら適当で良かったんじゃないの?」
 そして、雪野さんには今一度自分の行動を振り返って貰う事にする。
「せっかくワタシの友達が教えてくれたんです。生徒の声に耳を傾けるのが大前提じゃないんですか?」
 やっぱり雪野さんも分かってはいるんだと、その答えで十分に分かる。
「でもやる気はなかったんでしょ? じゃあ途中で優希君に丸投げをして知らんフリをしておけば良かったじゃない」
「岡本先輩はワタシを馬鹿にしてるんですか? 『冬ちゃ』そうやって責任を一人に押し付けるのは駄目だって岡本先輩がご自分で仰ってたんじゃないですか!」
 私の質問に我慢ならなくなったのか、私の目の前で立ちあがった雪野さんとそのままにらみ合うような格好になる。
 私の方には全くそんなつもりはなかったのだけれど、雪野さんの頭に血が昇った方がこっちとしてはやりやすくなるような気がする。
 ただ、この二つの質問で私が会話を終わらせるには十分だったりもする。だけれど倉本君を元気づけるにはもう少し彩風さんの方にも時間が必要そうだったから、もう少しだけ聞いておく事にする。
「何で教頭先生と昨日の話をするって分かった時、真っ先に優希君に頼ったの? 本当に辞める気だったのなら、相談も何もないんじゃないの?」
 私の挑発的な言い方に唇を戦慄かせるだけで、言葉が出て来る事は無い。
「そして最後に、昨日の放課後。面談の直前まで優希君の力を借りてたんじゃなかったの? あれは何のための時間だったの?」
「そんなの決まってるじゃないですか。好きな人と一緒にいたいからに決まっています。そんな事も分からないんですか?」
 ところが優希君の事になるとすぐに返って来る答え。今日、この場だけを切り取ったら説得力はあるのかもしれないけれど、昨日から話をしている私からしたら、嘘、作った気持ちだって事はバレバレなのだ。
「雪野さんの言い訳ってその程度なの?」
「言い訳って! ワタシの気持ちを決めつけてそこまで楽しいんですか!」
 何を被害者ぶろうとしているのか。あまりにも腹立った私は次で終わらせることにする。
「いい加減にしろって言ってんの! 何が気持ちを決めつける! なのよ。昨日雪野さんが自分で言ってたんじゃないの? 教頭先生と話をするために優希君から元気が欲しいって。それって何とか教頭先生との話をまとめるための力と勇気・元気が欲しかったって事なんじゃないの?」
 先の二つの質問とは違い今、私がつきつけた質問に関しては唇を戦慄かせるだけで、全くと言って良い程言葉になっていない。どの場面を切り取っても、雪野さんに辞める気が無かったのは明白なのだ。

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