第109話 強さの現れ ~信頼の積み木4~   Bパート

文字数 5,352文字


 先週の金曜日の事を思い出しながら、気まずい気持ちで教室の中に足を踏み入れた瞬間、
「岡本っ! 約束通り責任取れよ!」
 いつもの事ではあったけれど、朝の挨拶も何もかも無しで例のグループの方から私に絡んで来る。
 本当なら昨日咲夜さんと電話して心に決めた通り、実祝さんと一言挨拶くらいはしようと決めていたのに、それすら叶わない。
「責任って何の事よ」
 何でも良いけれど、なんでこいつらはいつもいつも集団でしか来ないのか。話くらい一人でしに来いっての。
「ハァ? 舐めてんのか? 先週ちゃんと宣言しただろ。あたし達の成績とか進学に支障が出たら責任取ってもらうって」
 ああ。あの“該当者は指定校を含む推薦の取り消し”とか言う話の事か。
「何で私が責任を取らないといけないのよ。自分の事くらい自分で責任取りなって」
 アホらしくて相手にする気にならなかった私がそのまま自分の席へ足を向けた所へ、すかさず腕を掴まれる。
「男に人気があるからって気取ってんなよ。それで副会長に逃げられたんじゃなかったのかよ。でもその様子だと、もう吹っ切れたって所か? まあ男漁りも上手そうだもんな。岡本は」
 そして金曜日からの結果を予想した女子グループが、好き勝手なことを口にし始める。この分だと優希君が浮気した。いや、お付き合いを始めた事を知っている人は少ないはずだから“二年の彼女が出来た”が正しいのか。
 いずれにしても、この土日の間に色んな人の力を借りて優希君とはしっかり話が出来ている。
「優希君に逃げられたとか、優希君が浮気したみたいな言い方、それに私が男遊びしているみたいな言い方、勝手にすんな。迷惑だっての」
 だから部外者には黙っていて欲しいのに、
「まだ副会長の女のつもりでいんのか? さっさと諦めろって。それとも金曜みたいに泣いて男の気でも惹くのか?」
 勝手な事ばかり口にする女子グループ。あんたら私と優希君の話をしているけれど、一番初めの“推薦取り消し”とか私の責任の話はどうしたよ。もちろんこいつらの責任だから、私から口にする程の親切心は持ち合わせてはいないけれど。
「何で私が男子の気を惹く必要があんの? 後、私、そんなに男子に人気なんて無いんだから、その変な僻みみたいなの辞めてくれる?」
 こいつらに男に好かれてもロクな事が無いって教えてやりたい。
「おい岡本! 放課後ボコッ――」
「――

の“愛美”に何か用?」
 喧嘩を売るって言うんなら買うつもり満々でいたところに、メガネが私に向かって信じられないくらい馴れ馴れしい口調で話しかけて来る。
「……早速次の男かよ」
 そしてメガネの姿を見て、女子グループの一人が私に一言、濡れ衣と言って良いのか、何とも言えない一言を落としていく。
 なんであんたらは優希君の時みたいに、色声使ってにじり寄らないのか。男だったら誰も良いんじゃないのか。
 ……どうも優希君があんな女子にまで人気があるのが納得いかない。
 私が考えている間に、更に目の前で事態が動き続ける。
「“愛美”大丈夫? 暴力とか受けてない? だから俺は乱暴な女って嫌いなんだよ」
 メガネが優しい言葉をかけながら私の腰に手を回してくるって言うか、
「馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな! それから私に触んなっ!」
 カバンでメガネを叩く――所を咲夜さんと、いつの間にか来ていた蒼ちゃんにも見られていた。
「先週の金曜日は可愛らしかったのに、何で今日はまた俺がせっかく声を掛けたのに、そんな乱暴な態度を取るかな」
「可愛いって何? 私、メガネに何一つ頼んだこともないし、人を見かけで判断するの辞めてくれる?」
 女は男の愛玩動物じゃないっての。
「メガネじゃなくて島崎。俺の名前くらい覚えて――」
「――愛美さん?」
 そして事態は更に動きを見せる。
「この前も言ったじゃないか。“愛美”の事は俺が何とかするから、余計な茶々は入れないでくれって」
 メガ――しまざ――メガネが振り返って、優希君の元へと歩み寄る。
「僕は愛美さんと話をしに来たのであって、そっちには用は無いのと、愛美さんの名前を勝手に呼ぶ――」
「――愛美を泣かせるんなら、困らせるんなら

この場から立ち去って」
 優希君が私に対する“好き”を“頑張って”くれたかと思った矢先、まさかの、本当にまさかの実祝さんがメガネだけじゃなくて、優希君まで追い払ってしまうのを、咲夜さんは頭を抱えて机に突っ伏し、実祝さんと仲良くして欲しいと言っていた蒼ちゃんですら、大きなため息をついて半眼を実祝さんに向けている。


 ただ机に頭を突っ伏した咲夜さんの方には早速咲夜さんグループが取り囲み始めているのを、蒼ちゃんが敵意をむき出しにして一瞬視線を送ったのは分かった。
 そしてその二人共の視線に気づいていない実祝さんは、不安そうにと言うより、心配そうに私の方を窺っている。
 一方でメガネの方は優希君に文句を言ってスッキリしたのかどうかは知らないけれど、実祝さんに一言何かを言って教室の中にそのまま入ってしまう。
 そして先週の事が頭にあるからか、優希君が力無さそうに帰って行くのを、
「待って優希君」
 私が黙って見送る訳がない。男の人だってショックを受ければ嫉妬もする。それに女の人の事はどうにかすると私は、優希君に言ったのだ。
「……っ」
 実祝さんの中で金曜日の事が頭にある事は分かるけれど、せっかく優希君との仲直りが出来たのにと、実祝さんをキッっとひと睨みしてから、そのまま優希君の元へと駆け寄る。
「えっと。今のはさすがに優希君が落ち込んでいるのは分かるから先に言うね。あのメガネとの間に入ってくれて嬉しかったよ。ありがとうっ」
 そしてまずは元気を出してもらおうと、優希君が大好きだと言ってくれた私の笑顔を向ける。
「でも確かあの人も愛美さんの友達だったよね」
 でも、優希君の元気はなかなか戻らない。
 まあ私の友達からああ言われたら落ち込むのは分かる。
 私も優希君の友達から、どっか行けと言われたら落ち込む。と言うか普通に落ち込むだけで済まない気がする。
「大丈夫。女の子の事は私が何とかするから……ね?」
 だから少しでも優希君が早く元気になれるように、
「それと今日だけはさっそく私を助けてくれたお礼だから」
 優希君の手をさりげなくそっと握る。
「――っ! ありがとう。それよりもあのメガネっていつもあんな感じ?」
 効果てきめんだったのか、優希君の元気が明らかに戻る。その表情を確認してから優希君の視線を追いかけて教室の中に視線を送る。
「いや、こんなのはあんまりないけれど正直今までに何回かはあった」
 私の一言だけでも機嫌が悪くなっているのが分かる。だから具体的に何をされたとかは言わないけれど、もう少しでまた優希君とすれ違いになってしまうかも知れなかった事を思うと、
「……っ!」
 もう一回実祝さんにキツイ視線を送っておく事にする。
「とにかく、愛美さんは可愛いんだからもう少し自覚して欲しい」
 どうして優希君から言ってもらえる“可愛い”はこんなに嬉しくて、あのメガネからだとあんなに不愉快になるのか。
 考え事をしている私の方に向き直った優希君がさらに一言。
「だったら、昼休み一緒にお昼しようよ。そうしたら優希君がまた助けてくれるんでしょ? その時に蒼ちゃんにも話、出来るからって伝えておくから」
 だからこっちからも優希君とお昼からの約束を取り付ける。
「分かった。じゃあ昼にまた来るから蒼依さんと待ってて」
 それだけで優希君が私に優しい表情を向けて、
「優希君。それ以上は駄目だよ。昨日、そう言うのはしばらくナシって約束したよ?」
 頭を撫でようとしてくれるのを断腸の想いで断る。
「え?! でもさっきは愛美さんの方から手を繋いでくれたのに」
 なのに優希君が不服そうに私に触れたい、触れて欲しいって言ってくれるから、朝優珠希ちゃんに、しばらくはそう言うのは無しって言ったにもかかわらず、早くも気持ちが揺れる。
「だったら、また何かあったら助けてよ。あ! ちなみに人が多い所だと恥ずかしいからダメだよ」
 私の一言で優希君の目の色が変わった気がしたから、大慌てで条件を一つ追加する。
「……」
 それでも久々に感じる私の唇への熱のこもった視線。
 本当に優希君の中では昨日までの雪野さんとの事なんて忘れているんじゃないだろうか。
 もちろん雪野さんとの事なんて今すぐに忘れてくれた方が嬉しいし、覚えているなんて以ての外だ。だけれど女心としては、そんなに簡単に無かった事にも過去の事にも出来ない。私は面倒くさい女なのだ。
「優希君。私、そんなに簡単に雪野さんとの事、忘れられないよ」
 そこだけは優希君の事が好きだから

、譲れない。女心じゃなくて、面倒くさくてもそのままの私が良いと言ってくれた、その私の気持ちを分かって欲しい。
「……愛美さん……ごめん」
 本当に私の一言で優希君が一喜一憂してくれるのが分かる。
 でも私は好きな人落ち込ませたいわけじゃない。
「優希君の気持ちは分かっているから大丈夫だって。私に雪野さんとの事、忘れさせてくれるんでしょ? 昼休みに待ってるからね」
 だからもう一回優希君の手を握って元気を出してもらう。
「分かった。じゃあ昼休みにもう一回来るから」
 私と手を繋げたことを喜んでくれたのか、優希君が笑顔で自分の教室へと戻るのを見送るけれど、そう言えば優希君、私に何の用があって来てくれたんだろう。


 ただ、急な形になってしまったけれど、今日のお昼に前から蒼ちゃんが言ってくれていた時間が取れそうだって事を伝えようと、改めて教室へと戻る。
「愛ちゃん。怒る気持ちも分かるけど、ちゃんと夕摘さんの話も聞いてからだからね」
 優希君とのお昼を口にしようとしたら、先に蒼ちゃんに釘を刺されてしまう。
「でも実祝さんも頭ごなしに言ってたよ。そのせいでまた優希君とすれ違いになるところだったんだから」
 教室内で誰ともなしのガヤを耳に入れながら、蒼ちゃんに抗議する。
「それに意地っ張りの愛ちゃんの事だから、夕摘さんには何のいきさつも話してないんだよね」
 そう言って女子グループに話しかけられて頭を抱えている実祝さんの方に目をやる。
「そんな事言ったら蒼ちゃんにもまだ何にも言ってなかったって」
 それに釣られるようにして私も実祝さんを見た時、咲夜さんグループが咲夜さんを囲んで何やら話をしているのも視界に入る。
 蒼ちゃんには今日話そうと思っていたのだから、蒼ちゃんだって何も知らないはずなのだ。
「蒼依は聞かなくて愛ちゃんの気持ちも、空木くんの気持ちも分かってたから大丈夫だけど、あれから夕摘さんとは結局喋ってないんでしょ?」
 一言喋ったと言っても、冷え切っている咲夜さんとの話しかしていないから何とも返し辛い。
「蒼ちゃんが優希君に聞きたい事があるって伝えたら、いつでも大丈夫って言ってくれてたし、その優希君とお昼一緒にするって話になったんだけど、蒼ちゃんも一緒に来てくれるよね?」
 その事を言う訳にはいかないからと、出鼻はくじかれたけれど蒼ちゃんに本来の話を振る。
「蒼依はもちろん大丈夫だけど、夕摘さんとはちゃんと話をしないと駄目だよ」
 けれど、蒼ちゃんも実祝さんの話題から離れてくれない。
「うん……まあ」
 だから私も心の中に新しいわだかまりが出来てしまっていたから、私も返事をごまかす事しか出来なくなったところで、
「朝礼。始めるぞー」
 担任の巻本先生が入って来る。


 金曜日の事があるからか、先生がこっちをしきりに気にしてくれている事が伝わる。
 だから私は先生に大丈夫って言う意味で、笑顔を向け続けていただけなのに、
「先生! 何で先生は岡本さんばっかり気にするんですか?」
 咲夜さんグループの一人が先生に不満をぶつける――のを聞いて
「……」
 蒼ちゃんが表情を消して咲夜さんの方を見る。
「あのなー。先週岡本の体調が悪かったのは先週説明しただろ。前にも言った通り泣いても笑ってもこのメンバーで過ごすことが出来るのは正味半年くらいなんだぞ。期間がどうとかそう言う事じゃないが、勉強だけじゃなくて、人を思いやる心って言うのも大切にしてくれ」
 本当にあの面談の時以来、先生も見違えるように変わって来たのかなって感じられる。
 その先に先生の目指す先生があるのなら、やっぱり先生には先生を続けて欲しいと思うし、私も応援したくなってしまうのだ。
 そして先生が実祝さん、咲夜さんと順に見渡してから、そのまま一限目の数学の授業が始まる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
              「えっと……倉本君?」
     こっちの事は何も知らない、金曜日の続きになっている倉本君
       「――愛ちゃん? 会長さんとそんな話したの?」
          当然それを蒼ちゃんが見過ごすはずもなくて
            「愛美さん戸惑ってるだろ……」
              当然優希君も応戦する事に

             「……愛ちゃん。お説教です」

       110話 三角のお昼 ~責任者とマネジメントの違い~
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